「――――ということで致佳人くんはここに住むことになったから仲良くしようなぁ」


夕飯の後、桜が安井神社での出来事と、致佳人がここに住むことになった経緯を話してくれた


「はい、仲良くしましょうね」

「お世話になります。あの、俺にできることなら何でもやります! よろしくお願いします!!」

「ふふ、頼もしいです」

「それじゃあ、致佳人君は料理上手らしいから春の手伝いしてもらおうか」

「手伝い…?」

「この家の家事全般はお任せしてもらってます。致佳人君にお手伝いしてもらえるとすごく助かります」

「はい! 精一杯頑張らせてもらいます!!」

「そんな肩肘張らなくてもいいんだがなぁ?」


なにか役に立てるということが嬉しいのか、致佳人は両手でガッツポーズをとった


「え、あ、すみません」

「いいんですよ。一緒に頑張りましょう」

「は、はい」


春のフォローを致佳人は嬉しく思い、自然と笑みがこぼれた

その微笑ましい光景にその場の空気が一気に和やかなものへと変わる

だが、話が終わるのを待っていたらしい橘が居間の障子を勢いよく開け放ち、三人の元へとやって来たことにより、そんな空気も変わる

どうやらは彼は先ほど中断してしまった本題に入りたいらしい

彼の後ろから桔梗とはなも続く


「説明は終わったか?」

「ああ。ちょうど今なぁ」


桜の返事を聞いた橘は致佳人を睨むように視線を向けた

視線を向けられた(睨まれた)致佳人がびくりと大きく肩をはねさせた


「おい、お前は以前コイツと会ったそうだな」

「橘、コイツじゃないですよ、桔梗です」

「春、それは今重要では…」


言い直す必要は感じない、そう返そうとした橘であったが、春の顔を見て、その言葉を飲み込んだ

春は無言の微笑みを浮かべており、それはなんだか威圧を感じさせる

彼女と衝突しても得など何もない


「…はぁ。桔梗に会ったことがあるそうだな」

「(根負けした!?)えっと、はい。前に俺が母親と旅行に行ったときに会ったんです」

「旅行…? どこだ」


あの時は確か夏だった

高校の夏休みを利用して母親と琵琶湖へと旅行した時に観光で訪れた城跡

彦根城と佐和山城跡地


「滋賀にある“佐和山城”です」

「佐和山城? そこはたしか……」

「堀秀政、石田三成、関ヶ原後だと井伊直政が城主だったっけなぁ?」


戦国時代の佐和山城主は有名なのではこの三人くらいだろう

この誰かと桔梗は関連があることはほぼ違いなかった


「だんだん近づいてきましたね。…あ、そういえば!」

「んー、どうしたんだい、春?」

「たしか伏見城に行く前に桔梗は、豊臣秀吉を知っていると言っていましたよね」


だからこそ今日、伏見城に行ったのだ

そこではなんの手掛かりを得ることはできなかったが、武家屋敷というところで少しの進展はあった

そのことについても後で皆に話さなくてはいけない


「? そうだな」

「だから二人で伏見に行ったのか。…豊臣秀吉関連なら堀秀政、石田三成のどちらかまで絞れるな」


春と桔梗のやりとりを聞き、今日の二人の行動に一応の納得をした橘

もちろん桜も納得した

さて、候補にあった井伊直政は徳川四天王であり、徳川との繋がりの方が強い。つまり、彼は除外される

堀秀政か石田三成か、はたまた別の人物かが、桔梗の縁ある人物ではないだろうか

致佳人が彼女とそこで会ったというのだから、必ず意味はある


「桔梗、どちらか引っ掛かる方は御座いませんか??」

「…わからない」

「本当か?」


なにかを探るような目で橘は桔梗問う

桔梗は彼の目を見ることなく頷いた

わからないなんて嘘だ


「桔梗、思い出したくない…?」


はなが桔梗の傍らからそっと彼女の顔を伺い見た

そして優しく、その手を握った

なぜならば桔梗の横顔が今にも泣きだしそうであったからだ

はなの気遣いに嬉しく感じつつも、桔梗は自分に腹が立っていた

それは、自分に協力をしてくれているみんなに嘘を吐いたことだ

どちらの名前が引っ掛かるかがわからないわけがない

どうしてか今まで忘れてしまってはいたが、本来ならば忘れる筈がないのだ

何度も何度も呼んだ名


「…思い出したくないわけではない。けれど、思い出してもそれはここに既にないのではないか? 私が思い出そうとしているものは、私にとって大切なものであることは違いない」


名を聞いただけで泣きそうになる

それなのに、それがもう失われたものだとはっきりと認識してしまったら自分はどうなってしまうのか

怖い

自分はこんなにも脆弱な存在であったのか


「……確かに、お前がこの二人のうちのどちらかを大切な人間だと認識していたのなら、お前は既にその相手を失っている」

「…橘」


春が力なく橘の名を呼んだ

それは、今の桔梗にとってはあまりにも残酷ではないか。そう思わずにはいられなかった

しかし、彼は言葉を止めようとはしなかった

いずれ彼女が通らなければならない道だからだ。彼女がこの先も生きていくのならば

堀秀政も石田三成も四百年も昔の人間だ。現代には先祖返りをしていない限り存在しない

どちらも高名な武士なので、可能性はあるが絶対ではない

いなかった場合、彼女はその存在なしに生きていかなくてはならない


「だが、だからといって忘れたままでいい相手ではないだろう」

「……」


大切だった存在を忘れたままなんて、そんな悲しいことはしてほしくはない

大切であれば大切であるほど、失った時の悲しみは計り知れない

けれど、それでも、桔梗は思い出すべきだ

橘は分かっているのだ。本当の悲しみを

それを理解した春も桔梗に優しく語りかけた


「桔梗、私は桔梗と一緒に悲しみたいです。貴女がもし、泣くのなら一緒に泣きたいです。でも、今みたいに我慢されてしまうとそれはできないんです。
 どんなに悲しい事実でも、目をそらし続けることはきっとできないから、今思い出していきましょう?
 今、桔梗が悲しくて泣いてしまっても私も一緒に泣きます。その涙を拭いてくれる人達がここにはたくさんいます。だから恐れないで」


春は桔梗の前に立ち、はなが握っている手とは別の手をとった

その手を両手で包み込む


「そうだなぁ。俺と橘、致佳人君もいるから余裕で拭き取れるぞ」

「え!? 俺もですか!?」

「はなも泣く!」


しゅばっと勢いよく手を挙げて宣言するはなに、致佳人は苦笑いした

春が桔梗にふわりと笑いかける


「ね?」

「…すまない、ありがとう」


目の前のこの少女には、本当に救われる

それに、彼らにも





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