その瞬間

彼女の指先から黒い空間が広がった


「!?」


広がった空間は空を覆い、地を覆った

そして驚いたことに二人の目の前にあるはずのないものが現れた


「屋敷? どうしてこんなものが急に…?」


現れたのは大きな屋敷

しかも現代にはあるはずのない古い造りの屋敷

そう、文献や書籍などで見ることができる織豊時代の造りだった

一体どういうことだと桔梗に尋ねようと春が彼女を見る


「桔梗!? どうして泣いているのですか!? どこか痛いところでもあるのですか?」


だが驚いたことに彼女は泣いていたのだ

春は彼女に駆け寄り、オロオロと慌てる

美しい古代紫の瞳から透明な雫が次々と零れていく


「いや、痛いわけではない。ただ懐かしい…」


懐かしくて、悲しくて…愛おしい

この場所が、この屋敷が…ここで過ごした日々が

私にとっての幸せだった

その理由はまだ思い出すことができないけれど

それだけは確かだった


「この場所を桔梗は知っているのですか?」


春の問いに桔梗がこくりと頷いた

一体この空間がなんなのか

どうして桔梗がこの空間を生み出せたのか

これらのは現象はまったく理解できなかったが今はそんなことはどうでもよかった

この屋敷が桔梗の記憶に関するものであることは確かなのだ

中に入れないだろうか?

もっと近くに行ってみようと思い、春が前に進み出た

だが桔梗はその場から動かなかった


「どうかしましたか? 桔梗」

「いや…」


桔梗は否定したが躊躇う気持ちはあるみたいだった

無理もない。記憶に関係しているかもしれないのだから

そこで動く気配のない彼女を気遣い、春が傍に寄った

そして桔梗の手をそっと春が握った。自分もここにいると、教える様に


「行きましょう」

「春…ありがとう」


二人は手を繋いだまま、屋敷へと向かった






中は簡素な造りで物は何もない


「なにも、ありませんね。これでは桔梗の記憶も戻らないような…」


一つ一つの部屋をまわっていくがどの部屋にも何もない

だがある部屋に入ったところで突然桔梗の様子が変わった


「この部屋……、私が過ごした部屋だ。庭には樹があった」


そう指差した庭には何もなかったが彼女が嘘を言っているようには見えない


「そう、私があの樹を気に入っているのに気付いたあいつが私にこの部屋を与えた。…嬉しかった。共にいて良いのだと言ってくれている気がして。けど、あいつは私に話してはくれなかった」

「あいつ? 話してはくれなかった?」


少しずつ記憶が刺激されているのか

桔梗はポツリポツリと言葉を零した


「生涯、共にいれると。…私が共にいれ……ると」


なのに、君は何も言わずにその隣を埋めてしまった


「桔梗!?」


突如、桔梗がその場に崩れる様に倒れこんだ

支えきることのできなかった彼女の体が畳の上に倒れる

春は慌ててしゃがみこみ、彼女の様子を伺った

呼吸はしっかりしているし、顔色も悪くない

どうやら記憶が少し戻ったことによる後遺症らしい

そして驚くことに彼女が倒れたと同時に屋敷と黒い空間が消失し始めた

やはりこの空間と桔梗は関係があったらしい

空間が消失するとそこは元の場所に戻った


「一体これはどういうことなんだろう」


わけのわからない状況に戸惑うが今はそれを考えている場合ではない

とりあえず桔梗をつれて移動をしなければ

だが女の春が桔梗を運ぶのは不可能だ


「…どうしよう」


ここはあまり人が通る場所ではない

最悪ここで彼女が目覚めるのを待つのも手だ

しかし桔梗がいつ目覚めるのかが分からない今、ここに留まるのは得策ではないだろう


「日が落ちたら寒くなるし、本当にどうしよう」


これからどうしようか

途方に暮れていると何かが此方にやってくる音がした






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