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ウィスタル王城での警護が言い渡されてから、はや十八日が経った
騎士一行は十八日目の明朝にセレグ基地を出発し、丸一日かけて、首都にある王城に到着する
その道程は訓練された兵が通る道であって、やはり容易なものではなかった
また、乗馬をしなくてはならなかったので長時間馬に乗ったことによる疲労感があった
何かの役に立つからと、兄に勧められて乗馬を習っていてよかった
普段は頼りないが、やはり先を見通す力はある人だと思う
エルティは道中の馬上で兄の事を見直した
森を抜け、草原を越えて、ウィスタル城下町へと到着する
明朝なので人通りがほとんどないとはいえ、乗馬のままでは危険であるのでここからは下馬して通る
いくつかの門を抜け、街の外からでも見えた巨大な王城の門前に着く
大国クラリネスを象徴するだけあって、その王の居城はやはり素晴らしかった
広大なだけではなくて、外観も美しいのだ
王城を間近で見た騎士達が口々にその感想を漏らす
セレグの騎士には王城を見たことがない者もやはり多いらしい
「わぁー、とっても大きいねー」
「何だよ。その馬鹿みたいにわざとらしい驚き方」
「馬鹿なのはフェレスでしょ? ここで慣れてます感だしてたらおかしいじゃん。私達は田舎の出身なんだし」
言われてみればメフィスの言うことも最もである
田舎出身の設定であるのに、他の騎士達とは違う反応をするのは不自然だ
偶には真面目な事も言うんじゃないかと感心し、フェレスも同じ様に振る舞うことにする
「すっげぇー。こんなに大きな城は初めてだぜー」
「何してるの、二人とも。もう他の方は移動始めてるわ。行きましょう」
エルティに何をやってるんだと言われ、フェレスは冷静になって周囲を確認してみる
なるほど、エルティの言う通り他の騎士達は順番に城内へと入っている
感動もそこそこに仕事に従事する騎士達を見て感心しつつ、これなら別に変な演技をしなくても良かったのではないかと思う
メフィスと一緒になって恥ずかしいことをわざわざするんじゃなかったと少し後悔する
衛兵に先導してもらい、セレグの騎士達は詰所の方へと案内される
そこで今回の日程と警護の配置などを言い渡される
茶会の開催は明日の正午
どうやら昼食を兼ねた茶会となっているらしい
「では、今から配置ごとに分かれてもらう。各々指示された場所に向かってくれ」
茶会の警護の責任者であろう城兵がそう言い、衛兵もセレグの騎士も動き出す
エルティが言い渡されたのは茶会会場内と夜会会場内の警護であった
今回の茶会には貴婦人も多いということなので、女性であるエルティを重宝したらしい
結構重要な配置である
ちなみにメフィスも両方とも会場内警護であるが、エルティとは真逆の
場所に配置された
「…俺だけ外側かよ」
「頑張ってねフェレス」
男性であるし、城兵ではないのでフェレスだけは両方とも会場外の警護に当てられたみたいである
「ほらほらフェレス。早く行きなよ〜。良かったね、ダグもおんなじみたいだよ。あっちで手を振ってるし」
「マジか…。ここでもあいつと一緒なのかよ。はぁ。行ってくる。気をつけろよエルティ。用心はしとくに越したことはないからな。ついでにそこのメフィスもな」
やや足取り重く、待っているダグの元へと去っていくフェレス
この国に来ていきなり腐れ縁というものに巡り会ったみたいで、少し羨ましく思った
エルティにはそういう存在が自国にもいなかったから
「じゃあねエルティ!! 何かあったらすぐ行くから!!」
「ありがとう。メフィスも気をつけてね」
元気よく走り去るメフィスの背中に言葉を投げかけ、その背を見送ってから自分も配置された場所へと向かう
そこには既に同じ配置の兵が集まっていた
兵たちに見知った顔はなく、ほとんどが衛兵のようだった
「君達にはここで茶会中の殿下方を警護してもらいたい。ここの把握や警護準備のための時間をとる。不審な点などがあったらすぐに報告してくれ」
各自の持ち場に着き、そこからの認視範囲や死角を確認する
これだけ警備を万全にしている中、襲撃に来る賊はいないとは思うが念には念を、である
ぐるりと見渡す
正面には色の整った柔らかな芝生が広がっており、そこにテーブルや椅子が並べられて料理が振る舞われるのだろう
この国の様式に詳しくはないので確実なことは言えないが、立食形式の茶会だろう
背後には生垣があり、その後ろに柵がある
「これだと生垣の後ろに賊がいても気が付きにくいわね…。そこを乗り越えられたら一気に会場内に押し入られてしまうわ。…当日は警戒しておきましょう」
ラジ王子の到着は正午少し前
到着の際には城の鐘が鳴る事になっている
自分たち警護兵はラジ王子の到着よりも早くにこの場に来て、会場設置の手伝いをすることになっている
「明日は長くなりそう…」
別に忙しい分には構わないし、参加者側ではない立場での参加というものにも興味はあった
けれど、今回の任務は夢にはつながりそうにはなかった
「いいえ。いろいろなことを経験することも大事よ。切り替えなければ」
ぺしっと頬を軽くたたく
これは、フェレスが思考を切り替える時にやる癖だ
彼を真似して思考を切り替えてみる
気合いを入れ直し、周辺を再確認をする
十分に確認し終わったところで、夜会の方の警護配置へと向かう事となった
今度は城内で行なわれる夜会なので、室内での警護となる
夜会の会場は既に準備が進められていて、装飾や掃除は既に終わっていた
「夜会、か…」
これだけ元の世界に近い環境にいると、自然と自国が思い出される
愛する国に残してきた人たちは元気だろうか
ほんの少しの間しか離れていないというのに、外の国にあまり出たことがなかったエルティには長い時間に感じられた
だが、国の利益とは関係なく、自ら願い出たことなのだ
叶えるまでは国を思う資格などない
「…頑張りましょう」
自身に言い聞かせるようにつぶやき、明日の夜会が無事に終わることを願った
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