君に言いたかった言葉



静かな波の音だけが聞こえる砂浜で、ルルーシュは空をじっと見つめていた。

彼のすぐ側には、すでに眠りについたユーフェミアが小さな寝息を立てている。

目を閉じた無防備な彼女の表情は、二人の妹とよく似ていた。




眠るまえ、ユーフェミアは星は昔と変わらないと呟いた。

確かに、見上げる夜空には無数の小さな星々がキラキラと輝いていて、あの頃、ナナリーやマリアンヌ、そしてユーフェミアとルルーシュでよく見ていた星と同じ様に見える。


―――科学的に考えれば、全く同じ星なのかもしれない。




「……ん」



ふいに、眠っていたユーフェミアが身動ぎをした。仰向けだった彼女は横になって、背を丸める。

ぎゅ、と下に引いていたゼロのマントを握り締めた。


その仕草を見て、ルルーシュは頬を緩める。


昔、一緒に寝ていた時に、同じ仕草を見た。



(本当に君は変わってないんだな)



河口湖で、人質を守るために名乗りを上げたり、無人島で遭難しているにも関わらず、どこか楽しそうにしてるところ。

変わらない彼女と接していると、ルルーシュはいつも仮面を被ることを忘れてしまう。
ただのルルーシュになって、ユーフェミアに振り回されてしまう。


昔はそれが心地好かった。


でも…
でもいまは。





「……ルルーシュ」

「っ」



気付けば、薄紫色の瞳がルルーシュを見つめていた。



「………」

「ユフィ?」



じっとルルーシュを見つめるユーフェミア。

彼女の瞳から感情を読み取れなくて、ルルーシュは居心地の悪さを感じる。



「ルルーシュ…」

「な、なんだ?」

「………生きていてくれて、…ありがとう」

「えっ?」



ルルーシュは目を見開く。

ユーフェミアは目を伏せて、ぎゅっとマントを握り締め、そこに顔を埋めた。



「夢を、…ルルーシュがいなくなって、亡くなったって聞いたときの夢を、見ました。
目が覚めて、ルルーシュがいて…、嬉しかったんです。
…だから、言いたくなって…」

「………」



ユーフェミアの表情はルルーシュには見えない。

でも、どこか固さを感じるユーフェミアの声色に、ルルーシュは気付いている。
彼女はルルーシュが生きていたことを本当に喜んでくれている。

ただ、手放しに喜ぶことは出来ないでいる。


なぜならルルーシュは、自分とユーフェミアの兄を殺しているのだ。



ルルーシュは何も言えず、一瞬躊躇ってから、そっと彼女の手に触れた。


―戻れたら、どんなに良いだろうね…


少し前に告げた言葉が脳裏に浮かぶ。



もう、戻れない。

戻れるはずがないのだ。

あの頃とは、もう何もかもが違う。

ルルーシュとユーフェミアも、あの頃とは違うから。



マントを握り締めるユーフェミアの手を、ルルーシュはそっと包み込んだ。

かつて同じくらいの大きさだった手は、今ではルルーシュの方がずっと大きい。


彼の手袋越しのぬくもりに、ユーフェミアは泣いてしまいそうになる。
ルルーシュは変わってない。
理屈っぽいところも、優しいところも、ちょっと頼りないところも。
温かい手も変わってないのに、この手は罪を負ってしまっているのだ。

あの、ルルーシュが。

今だってこんなにも優しい彼なのに。

互いに何も言えないまま、時が流れていく。

波の音は絶えず、静かに聞こえる。



ルルーシュは、ずっと彼女に言わなくてはならなかった言葉をそっと呟いた。





ごめん
波の音より小さく呟いた言葉は、彼女の耳に届いたのかは分からない。


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