女の子 | ナノ
愛を呟いた

今日は休日、の筈だった。
私は家に一人、何の予定もなくのんびりするつもりでいたため、朝、いつも起きている時間までゆっくり寝ていた。
5時にセットしていたアラームも解除済みであったため鳴る筈はない。
ぼんやりしながら寝ていた目で5時を指す時計を見た。
鳴らないとわかり、深い眠りについた。

(おい!起きろ。こんな所で寝てしまったら凍死してしまうぞ。)

何を言っているんだろう。
雪なんて降る時季じゃない。
冬じゃないのだから。

(ったく。背負ってやるから乗れ。)

何だ優しいな。
そのまま私は身体を預けるのか。

(…寝るなよ。)

わかってる。
寝たら温もりを感じられなくなる。

(俺はお前が―――)
ピロリロリーン。
突然携帯の着信が鳴り響いた。
驚いて起き上がった体の体勢を整えて携帯に手を伸ばした。
サブディスプレイには[犬井先輩]の名前が表示されていた。
先輩は勤め先の先輩。
結構よくしてもらっている。

「はい。神崎です。おはようございます。」

眠たさを振り払うために大きな声で電話に出た。

『おはよう。朝から元気だな。あはは。』

元気ってわけじゃない。
寝起きに元気も悪いもない。

『起きてたなら問題無いな?』

「え、何ですか?」

『今日一緒に出掛けないか?』

突然の事で頭がついていかない。
自意識過剰かもしれないけどこれってデートに誘われたってことだよね…

「え、あの、先輩!…い、いいんですか?」

『俺と出掛けるの嫌か?』

"いえ!"と返事したら

『じゃあ待ち合わせは9時に本町1丁目のたい焼き屋の前な。』

「はい。」

"また後でな。"で電話を切り、通話は終わった。
少し跳ね上がった鼓動を整えて時計を見た。
時刻は7時21分を指していた。
そういえばさっき見ていた夢は何だったっけな。
さっきまで見ていた夢は起きてすぐに忘れられていた。

起きてから支度を始めて時計は8時を回っていた。
8時30分頃に出るバスに乗り込まないと9時の待ち合わせに間に合わなくなる。
少し早く支度をした私は戸締まりをして部屋を出た。
階段を軽やかに駆け降りるとバス停への道程を歩いた。

バスに乗り込んだ私は前の方に座った。
目的の場所に着いたバスはゆっくりと止まった。
バスから降りて待ち合わせのたい焼き屋まで歩いた。
人通りは多くないが賑わっていた。
たい焼き屋の手前まで来ると店の前で待っている先輩が目に入った。
でも先輩は気づいていないらしい。
早足で近寄って行った。
その度に人とぶつかるが、気にしない。
さっきより人が増えたような…
でも気にしない。
ポジティブシンキング。
人が多くなったのも気にしないで人混みの中に入って行った。
その時、私の目の前に誰かが立ち塞がった。
見上げようとした顔を腹部が見られるように下げると、一気に現実に引き戻される。
浮かれ半分でいた表情は一瞬にして引き攣った。
と、同時に激痛が走る。

「うぅっ!」

何これ、超痛い。
激痛に耐え兼ねた私はその場にしゃがみ込んだ。
人の波は私だけ置いて行き、私はその場に取り残された。
後もう少しで先輩の所まで行けたのに。
激痛で動けない。
一人歩道の真ん中でうずくまっていると先輩が気づいたのか駆け寄ってきた。
血相を変え。

「おい!どうした、神崎!」

「せ、んぱい。」

薄れ行く視界で先輩を見た。
血相を変え、額にはうっすら汗が浮かんでいる。

「な、んか、急に…お腹痛くなっちゃって。」

先輩は私の腹部に目をやり、表情を強張らせた。

「喋るな!血が肺に入る!」

血?
私はお腹を押さえていた左手を離し見た。

「ひぃっ!」

血で染まった手は紅蓮。
全身を流れる血液が切り口から溢れ出て来そう。
私は思ったより冷静にそんなことを思っていた。
先輩はいつの間にか携帯電話を取り出し電話をかけていた。

「はい、お願いします。神崎、今救急車を呼んだ。すぐ来るはずだ。少し我慢できるか?」

「…は、い。」

冷静に返事をすると先輩の顔は少し緩んだ。

(大丈夫、神崎は助かる。)

…私、助かるのかな。
結構血出てる気がする。
……あれ?先輩は?

「……。」

先輩は向こうで野次馬を追っ払っていた。
これ、ニュースになるのかな。
切り口があるってことは刺されたんだよね、私。
ん!

「ゴフッ!」

血が肺に入って咽せた。
口からは血が出て来た。
右手についた血を見ていると先輩が近くに来て心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫か、神崎。」

「……。」

喋れず頷いた。
ピーポーピーポー。
救急車独特の音を鳴らしてやっと救急隊員が現れた。
私は担架に寝かされ、救急車に積まれた。
先輩も一緒に乗り病院へ向かった。
救急車に乗り込んだ私の傍らに付き添ってくれている先輩。
私は先輩を薄目で見つめた。

「大丈夫。傍にいるよ。」

先輩の優しい言葉に涙が滲んだ。
私はそのまま眠るように目を閉じた。


一ヶ月後。
女性連続殺傷事件の容疑者が逮捕されたと報道された。
只今警察では証拠を元に取り調べを行っている。

4番目の被害者の墓の前。
黒いスーツに身を纏い花束を片手に凛とした姿。
その男は墓に花を供え、しゃがみ込み手を合わせた。

「神崎…」

墓に眠る者の名を呼んだ。
優しい面差しの男は頬に一滴の涙を流した。

「…犬井。もう、行くぞ。」

「…はい。」

犬井と呼ばれた男は墓に眠る神崎という女性の先輩だった男だ。
事件のあった日、二人は逢っていた。
そこで神崎は事件に巻き込まれた。
無差別による犯行だったため被害者の家族も犯人に心当たりはなかったという。
犬井は立ち上がり墓を見た。
同僚達が遠くへ行った後、ボソッと呟いた。

「…………。」

その声はちゃんと彼女に届いただろうか。


((俺はお前が好きだったよ、神崎。愛してる。今でも。…おやすみ。))




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