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人狼浪人

あれ?どうしよう。
近道したつもりが迷っちゃった。

「あ、いい感じの日陰ー。」

木陰に腰を下ろして空を見上げる。
暖かくて気持ちいー。
目を閉じて耳を澄ませると聞こえる鳥の囀り。
そして気が付くと日は暮れ、すっかり夜になっていた。


****


いつの間にか眠ってしまっていた私を起こしたのは人獣だった。
人の形をした獣。

「声、うるさい。」

「え、え?えぇー!?」

肌寒さを感じ目を開けると目の前には、頭に耳の生えた人が眠っていた。
数回瞬きをして夢でないことを確認した私は思わず叫んでいた。

「ねぇ、こんなところで寝てたら獣に食われるよ?」

上手に言葉を話している人獣の口元を見るとちらつく犬歯。
危機感からくる緊張で固まってしまう。

「何で寝てた?」

少し片言に話す人獣は心配そうに見つめてきた。

「…道に迷って、休んでいたら寝てしまっていたの。」

…いつから彼は私の傍にいたんだろう。

「そう、なら、家来い。」

「ひぇ?!」

―「あの森には人を喰らう獣がいるそうな。」
―「まぁ、恐ろしい。近づいたらいけませんよ?」

村の人たちが噂していたことを思い出した。
もしかしたら今目の前にいる彼が噂の人を喰らう獣かもしれない。
急に膝が震えだした。
足腰が思うように動かない。

「おい、聞いてた?家来い。」

「…」

目をきゅっと瞑り、俯いた。
きっと家に連れ帰って私を食べる気なんだ。
怖い怖い怖い恐い恐い恐いコワイ。

「…?おい」

「ひぃい!」

近づいてきた彼を後ずさりで避ける。
あれ?視界が歪む。
嗚呼涙出てきた。

「?」

目の前にいる彼は首をこてんと傾げて不思議そうに見つめてきた。
俊敏な動きで目の前にしゃがみ込み、顔を近づけてきた。

「ひっ」

「これなんだ?」

頬に手を当て涙を拭って聞いてきた。
指についた涙をぺろりと舐める仕草は色っぽかった。
顔がやけに整っているせいか村の子たちより格好良く見えた。

「え?」

「…しょっぱい。」

「なっ!そ、それは涙。」

彼はこてんと首を傾げ復唱するようになみだ?と言った。
涙のこと知らないのかな?
いつの間にか涙は止まっていた。

「なみだ、もう出ない?」

物欲しげな目で見つめられてももう止まってしまったため涙は出ない。
よほど怖いこととかがない限り。

「もう、出ない。」

「どうやったら出る?それ、綺麗だった。」

涙が綺麗?彼やっぱりおかしい。
私は首を振りながら何度ももう出ないと訴えた。

「そう、取り敢えず、家来い。」

あれ?結局そうなるんだ。

「…立てない。から、もう少しここいる。」

「そうか、なら、抱えて運んでやる。」

先に立ち上がっていた彼をバッと凝視するとこてんと首を傾げ、いやか?と何気なく聞いてきた。
そりゃ、抱えられるなんて恥ずかしくてしたくない。
それに彼の家に行きたくない。怖いから。

「い、いい!」

思いっきり首をぶんぶんと横に振り、拒否した。
これで彼が立ち去ってくれるのを待つだけ。

「なら、俺も残ろう。お前が歩けるまで。」

何故?!
行っていいのに。
しかも横にちょこんと座るし、もう彼わかんない。
私をどうしたいの?!


****


立ち上がれそうになったのはいいが、未だ彼もいるため身動きが取れない。
どうしても家に連れ帰りたいご様子の彼。
怖くてしょうがない。

「おい、人間。上を見ろ。」

「へ?」

上?空のことー

「うわぁー、きれー。」

木々の隙間から見える夜空は宝石が散らばったかのように美しく輝いていた。
口をぽっかりあけ空を見上げていると横から視線を感じた。

「?…な、何?」

「やっと笑った。」

え?うん、空見て自然と笑みがこぼれていたかもしれないけど、君だって。

「あ、う、ええっと。」

笑顔で優しく見つめられその顔にドキッと来た。
急に照れくさくなり急いで視線を外すと、顔をガッと掴まれ、向きを変えられた。

「何で目逸らす?」

「え、あ、その」

あたふたし急に熱が上がっていくのが分かった。
少し金がかった目が私を捉えて離さなかった。
私はそのまま気絶してしまった。


****


チュンチュン。

「ん。」

鳥の囀りが聞こえる。
後は私の吐息、誰かの寝息。…寝息?
ゆっくり目を開けると目の前には、男性の上半身。しかも裸。
肌に直接感じる目の前の人の体温と素肌に触れる掛布団の感触。
これ、もしかしたら私も裸かも。
恐る恐る相手の男性の顔を確認する。

「ひ!…きゃあーーー!」

思わず飛び上がってしまった。
やはり何も着ていなかった。
急いでベッドから抜け出そうとすると、腕を掴まれ引き戻された。

「声、うるさい。もう少し寝かせろ。」

昨日の、獣耳の生えた彼だった。
彼は布団の中に私を引きずりこみ、きつく抱き寄せた。

「くる、しぃ。」

彼の腕の中でもがいていると、上へ引きずりあげられ、顔を捕まえられた。

「…」

「え?え?」

何も言わずただただ見つめてくる彼にドキドキが止まらない。

「顔真っ赤。昨日も。」

「あ、だっ、て。」

「ん?」

あーもう、何でこんなに恥ずかしいんだ?!
そうだ!きっと裸だからだ。そうに違いない!

「…そんなに、見ないで。お願い。」

恥ずかしさのあまり、目尻に涙がたまった。
目を硬く瞑り、一粒涙が落ちる。

「…昨日より、綺麗ななみだ。」

チュッと目に落とされた唇に驚き、目を開ける。
顎を持ち上げられ、首に咬みつかれた。
けど、甘噛み。くすぐったくて目を瞑った。

「もう、お前、俺の。」

「え?」

今なんて?俺の?聞き間違えだよね?

「もう帰さないから。ここで一緒に暮らそ?」

「え?えぇぇええ?!」

もう決めたから、と言ってきつく抱きしめてきた。
首筋に付けられた痕は所有の証。
きっと愛の証。

「…もう少し寝る。」

「え?!」

ぎゅっと抱きしめてくる彼を抱きしめ返す。
星空の下できっと二人してこう願ったんだ。

『もう少し一緒にいたい』と。


****


「ママー。」

「こら、走ると危ないぞ?」

「はーい、ごめんなさい。パパ。」

「お前も無理するな。」

私のお腹には新しい命がいます。
元気でやんちゃな、あなたにそっくりな息子。
新たに生まれてきてくれる子はどんな子なんだろう。

「平気よ?あなた。ふふふ。」

「ん?」

「また一人、家族が増えるわね。」

「…あぁ。そうだな。」

森の奥。
そこには幸せに暮らす家族がいました。




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