先輩の話
「へぇー花奈潮見方面なんだ。」
「はい。」
"送ってく"と言われて断ったものの、先輩は少しも譲らず結局送ってもらうことになった。
学校からバス停までの道のり。
気がつくと辺りは薄暗く、電灯の明かりだけが異様に目立った。
「俺も潮見方面のバス乗って帰るんだよ。」
「よかったー。」
私はホッとした。
(え?)
「もし、逆方向だって言われたらどうしようかと思いました。それでなくても先輩疲れてるんだし、無理してほしくないんですけどね…はは。」
疲れてるんだしもし逆方向だって言われてたら全力で先輩を家に帰していただろう。
(何だ、そういうことか。まぁ、予想はしてたけど…)
「大丈夫だよ。逆方向だったとしても送っていくから。」
先輩はニカッと笑った。
「ダメですよ。疲れてるときは家に帰って休むのが一番なんですから。」
(花奈、お母さんみたい…)
「あはは、そこまで言われちゃ敵わないな。でも、同じ方向だから送っていくからな。」
そう言って先輩は私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
その手は大きく、私の頭を覆った。
歩いて約5分、目的のバス停へ着いた。
着いてすぐにバスが来た。
バスに乗り込んで二人で一番後ろの席に座った。
「先輩はいつもはどこで降りてるんですか?」
バスの中は静かだったから私の声がよく透った。
「神社前だよ。花奈は?」
「浅尾町です。」
「じゃあ神社の一つ前だな。」
そうなんだ、と思いながら楽しそうな先輩を見た。
背も高いから座高も高い。
そんな先輩を見上げていた。
(どうしたんだろう、花奈。)
だけど私の視線は先輩の後ろの窓を見ていた。
その先にいたものが、カサカサと動いた。
「っ!!」
(ドキッ!!)
私は無言で先輩に抱き着いていた。
「ご、ごめんなさい。」
慌てて離れると、アレが目に映った。
「ひっ!!」
結局また抱き着いてしまった。
(後ろに何があるんだ…?)
先輩を抱き着きながら見上げると、先輩は後ろを見ようとしていた。
先輩が完全に振り返ると、
「うわ!蛾!!」
蛾に驚いた先輩も私に抱き着いた。
(ヤベー、どさくさに紛れて抱き着いちまった。)
蛾に怯えているとバスの表示が目的地を言い示した。
先輩は私の代わりにボタンを押すと、体を離した。
「ごめん。みっともねぇな、俺。蛾に驚くなんて。」
そういいながら、先輩は頭をかいた。
その横顔は少し赤かった。
「いえ。私こそ抱き着いてすみませんでした。」
その後、バスを降りるまで無言だった。
私が降りるバス停で一緒に降りてくれた先輩と、暗い夜道を歩いていた。
バス停から少し歩くと住宅の立ち並ぶ所へ出る。
私の家は手前から数えると4番目に建っている。
先輩は私の歩く早さに合わせてくれている。
何の会話もなく歩いていると、急に先輩が前に出て頭を深く下げた。
「!?どうしたんですか、先輩。」
「今日はごめん。んで、ありがとう!」
謝罪とお礼を言われて唖然としていると付け足すように言った。
「マネージャーの話。本当は嫌だったんだよね?」
「えっ!?」
「俺が半ば強引に連れて来ちゃったの本当は怒ってた?」
先輩は頭だけ上げ、顔を私の方に向け見上げた。
その表情に少しドキッとした。
電灯の下にいたので先輩の顔がはっきりと見ることが出来た。
「…いえ、怒っては…」
「でも無理矢理連れてったのは酷かった。ごめん。…ちょっと…その…」
先輩は姿勢を戻し、頭をかきながらもじもじした。
「!、そう!一年が入って部員が増えればマネージャーも必要になるかと思って…。」
先輩は少しテンパりながら言い訳っぽく説明した。
「大丈夫ですよ、見学くらい。気にしないで下さい。」
(あれ?牽制かけられた?マネージャーはしないって。)
私はマネージャーを断ろうと思っていた。
それが先輩に通じたのか、先輩は落ち込み気味の顔をしていた。
それを見て、付け足した。
「えっと、まだ決めてなくて未定なんですけど…その、先輩?」
私は先輩を覗き込むと、もう一度、
「先輩?」
と呼んでみた。
(あぁ、呼んでる…いっその事ここで…いや…)
「ごめん、ボーッとしてた。…花奈。」
名前を真剣に呼ばれてドキッとした。
「はい?」
先輩はしっかり私を見ていた。
「…っ。花奈、はっきり言っていいぞ。その…牽制じゃなく、お前の口から返事を聞きたい。」
(あれ?何か告白の返事聞くみたいになっちゃった。)
先輩は真剣だった。
だから私もふざけたことは言えない。
真剣に断ろう。
「ごめんなさい。私はバイトもしているので、マネージャーは出来ません。それに、半端な気持ちじゃマネージャーは勤まらないと思ったので、お受けできません。でも、今日は貴重な体験ありがとうございました。」
長々と返事をした私の話しを先輩は最後までちゃんと聞いていてくれた。
(何か泣けそう。)
「分かりました。こちらこそ、貴重な時間を割いて見学に来てくれてありがとう。」
先輩はまた頭を下げて礼をした。
私もつられて頭を下げた。
二人頭を上げ、ぷっと吹き出し笑った。
(今はこのままでいいか。)
夜、先輩に家まで送ってもらったあと、夕飯を食べ終え、携帯を構っているとあることを思い出した。
「あー!手紙!!」
そう、下駄箱に入っていたあの紙のこと。
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