雨の日以外でヘッドホンをせず歩くだなんて久しぶりで、どうも落ち着かなくてそわそわする。そのせいもあるのか弁当を家に忘れてきてしまって、教室から屋上までの移動でさえ落ち着かないというのに購買に行くことになってしまった。…正直、疲れますね、精神的に。
 視線をあげると、長身な彼の後ろ姿。

「あ、劉さん…!」
「宵谷アル。ヘッドホンをしていないなんて珍しいアル」
「音楽プレイヤー壊れちゃったんですよね…」

 寿命ってこわいですね。はあとため息をつきながら迷うことなくサンドイッチを買う。集団のなかに長居したくないという気持ちが強いせいか、こういうときすぱっと決められるようになった。脱優柔不断、ですかね。

「今日も屋上アル?」
「あ、はい、そうです」
「ついてくアル」
「…お友達はいいのですか?」
「宵谷は友達アル」

 どこかで聞いたことのある言葉に思わず苦笑してしまった。そういうことが言いたいんじゃなくて、お友達が待っているのではないかということが言いたかったのだけれど。でも、わたしも劉さんをお友達だと思っていますよ。わたしの恩人。

「週末、プレイヤーを、買いに行こうと思いまして」
「いいものがあるといいアル」
「そうですねー…でもひとつ問題があるんです」

 歩きながら、氷室さんの名前はださずに一緒に行きたいと言われたということを話す。気が重いというほどではないけれど、その、慣れないから落ち着かないというか。まだ氷室さんとふたりでスムーズに話せるほど打ち解けてはいない…とわたしは思っているから。

「宵谷、モテモテアル」
「な、何を言っているんですか!あんなきれいなひと、ありえません」
「…きれいなひとアル?」
「あ、はい。同じクラスなんですけど…あ、もしかしたら劉さん、知り合いかもしれません」

 劉さんはバスケ部、氷室さんはバスケが大好きだと言っていたし、きっとバスケ部に入っているのではないかな。外見の特徴だけ伝えてみると、案の定知っていたようだった。

「氷室と仲が良いとは意外アル」
「べ、べつに仲が良いというわけではないのですが…」
「氷室は肉食だったアルね、今度殴っておくアル」
「なっ、殴らなくても大丈夫ですし話したことは黙っておいてくださいっ」
「仕方ないアル」

 劉さんなら本当に殴りにいきかねない…気がする。本気で殴るわけではないと思うけれど、こう、文句のひとつやふたつですむのか怪しい部分はある。

 劉さんが屋上の扉をギィと開け、そのまま立ち止まる。え、えっと、何かあったのでしょうか。身長のせいで外がまったく見えない。

「氷室も昼は屋上アル?」
「劉もかい?」

 え、氷室さんがいるんですか。噂をすればなんとやら。いやでも今日は劉さんがいますし、すこしは話しやすいかもしれない。最初より警戒心は薄れたけれど、やはりふたりで話すのはそわそわして落ち着かない。
 外にでた劉さんのあとをついていくと、氷室さんと視線があった。

「あれ、劉と甘露ちゃんって知り合いだったのかい?」
「1年のときに同じクラスだったアル」
「…へえ」

 にこ。氷室さんが笑うと、劉さんはすこし嫌そうな顔をした。ど、どうしたのでしょう…?

「そ、そういえばヘッドホンなしの生活をちょっと頑張ってみているんですよ」
「感想はどうかな」
「…落ち着きません、ほんとう、すごく」
「氷室が言いだしたことアルか?」
「うん、そうだよ」

 音楽は携帯にいれたし、プレイヤーはないけれど音楽を聴くことはできる。だけど、どうせすこしの期間だけだしと思い昨日今日とヘッドホンをしていない。明日は、しようかな。どうにも落ち着かない。ヘッドホンがないと、こんなにもひとの声が聞こえるのですね。

「宵谷、無理のしすぎはよくないアル」
「あ、はい、大丈夫です。無理はしていません」
「宵谷の無理してないは信用してないアル」
「え、そんな……」

 嘘はついていないのだけれど…。今も昔も無理をした覚えはないし、どうして劉さんは信用しないなんて思っているのでしょう。

「氷室、何拗ねてるアル」
「…劉?」

 ひええ、氷室さんの笑顔が怖い。にっこり笑っているはずなのにすごく、背中がぞわぞわするというか、鳥肌がたってきた。たしかに笑顔ではあるけど心のなかではまったく笑っていないでしょう、それ。

「氷室は怖いアル。気をつけるアル」
「は、はい…!」
「劉が言うと甘露ちゃんが信じてしまうだろう」
「信じていいアル」
「こら、オレはよくないんだよ」

 劉さんがこういう、ちょっときついというか、そういう言葉を投げるということはそれなりに仲が良いんだろうなあ。まあ、同じ学年、同じ部活で仲良くならないっていうのもおかしな話なのかもしれないのだけれど。

「だ、大丈夫です!氷室さんが優しいひとだということはわかっていますし!」
「その氷室は偽物アル」
「…劉、」
「これが本物アル」
「それは劉さんのせいだと思います…」

 氷室さんもたぶん、そういう演技なのだろうし。ノリがいいというのかな。

「氷室はいいやつアル」
「あ、はい、それは知っています」

 ちらりと氷室さんを見ると、ばっちり視線があった。ちょっと恥ずかしそうに微笑むものだから、こちらもすこし恥ずかしくなってしまった。

「邪魔者は退散するアル」
「え、え!?」
「またね、劉。…今日は1on1やろうか」
「…考えとくアル」

 戸惑っているあいだにばたん、と扉がしまり長身が消えていった。そ、そんな…劉さんのおかげでだいぶ気が楽になったのだけれど、でもやっぱりそわそわする。

「劉と仲がいいんだね」
「え、あ、まあ…氷室さんこそ」

 まさか劉さんが氷室さんと共通のお友達になるなんて驚きだ。…というか、お昼ごはん食べずに帰ってしまったけれど、劉さんはいったい何をしに屋上にきたんでしょう…?

(ねえ、いつか)


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