氷室さんを案内したいってひと、たくさんいたでしょう?わざわざ自分からだれかに頼まずともあちらから案内してあげようか、ってきたでしょう?
 なぜわたしなのだろう。席が特別近いわけでもないし、今日はじめて会って職員室の場所を教えた程度だ。氷室さんにとってはわたしも群がるひとたちも今日初対面なのだから同じようなものではないの?一番最初に会った会ってないって関係があるの?
 案内をすること自体は嫌ではないけれど、"なぜ"という思いが強かった。きっと不信感、というものに近い感情。

「甘露ちゃんは音楽が好きなのかい?」
「…あ、はい、好きです、とても」

 首にかけたヘッドホンにそっと触れる。音楽が好き、ヘッドホンが好き。もろくはあるけれど、でも確実にわたしと世界に境界をつくる。ひとは怖い、ひとは苦手、よくわからないから。

「どんな音楽を聴くんだ?」
「…いろいろ、としか…」
「例えば?」

 例えば、例えば…?

「ん、んー…い、いろいろ…」

 自分の語彙力のなさをちょっと恨みたくなった瞬間だった。好きな音楽はぽんぽんと浮かんでくるけれど、どれを言おうかとか、どれなら当たり障りないのかな…なんて考えていたらいろいろとしか言えなかった。J-POPとか言っておけば当たり障りないのかな、そこそこ聴くから嘘はついていないし…。
 ぐるぐる考えながら歩いていると、氷室さんの笑い声が聞こえた。

「え、え、笑うとこ、でしたか…!?」
「いや…うん、今度好きな音楽を聴かせてもらってもいいかな」
「ええっ……氷室さんの趣味に合わないかもしれませんよ…?」
「構わないよ」

 う、他人に自分の好きな音楽を聴かせるなんて経験は一度もないし、そもそも経験するとは思っていなかった。こう言われてしまっては断りづらいため頷いてみたけれど、こんな音楽が好きなの?って引かれたらどうしよう…。当たり障りのない音楽、ってプレイヤーにはいっていたかな。

「甘露ちゃんの一番好きな音楽が聴きたいな」

 一番、いちばん…。本当にそれでいいのだろうか。けれど、当たり障りのない音楽を選んだところでおすすめはできない。一番ではないからそれだけ紹介しにくいというか。ただでさえわたしはひとと会話するのが苦手だというのに…。
 もごもごしていると、シスターに出会い挨拶を交わす。

「こんにちは、宵谷さん」
「あ、はい、こんにちは、シスター」

 やはり苗字で呼ばれるほうが落ち着く。名前で、しかもちゃんづけって、慣れていないから妙にくすぐったいというか、違和感があるというか。つまり、氷室さんに呼ばれるたびにすこしもやもやするのだ。

「あら、校内の案内ですか?」
「頼んだら快く引き受けてくれて、宵谷さんにはとても感謝しています」

 快く…?わりと不信感みたいなものを全面にだしたつもりだったけど、気付かなかったのかな。気づいていないのならそれはそれで構わないけれど、鈍いにもほどがある。

「そう、よかった。宵谷さんと仲良くしてくれると嬉しいです、この子結構臆病だから」
「シ、シスター…!」
「ひととお話するのってね、とっても大事なことなのよー?」
「も、もう!わかってます!」

 まさかこんなところでばったりシスターに出会い、そしていじられるとは思ってもいなかった。このひとにはいろいろ話を聞いてもらっているから弱みを握られまくっている。相談する相手を盛大に間違えたのだと思う。
 すこしむすっとしていたら、また氷室さんの笑い声が聞こえた。

「こ、今度はなんなんですか…!」
「ごめん、教室にいるときと別人みたいで面白くて」
「わ、わたしは面白くないですっ」

 ごめんごめん、って気のない返事を聞き流して歩を進める。教室なんてどうせ移動教室のときに誰かについていけばだいたい覚えられるだろうから、一番重要な場所にだけ案内する。

「ここが教会、です」

 一番好きな場所は屋上だけど、その次に好きな場所が教会。ミッション系とはいえクリスチャンが多いわけではないから、普段はわりとひとは少ない。朝か夕方にこっそり訪れて隅っこの席に座るのが好きだ。教会でうるさくするひとはいないし、シスターと話すか、お祈りするか、聖書を読むかぐらいしか選択肢がないのがいい。

「あ、あとは…移動教室のときにみんなについていけばわかると思います」
「ありがとう、助かったよ」
「そ、それじゃあ失礼しますっ」
「楽しかったよ、またね」

 踵を返し、ヘッドホンをつける。ランダム再生を押したら一番好きな曲が流れてきた。なんだか今日は調子が狂わされている。ヘッドホンをつけたらすこし安心して、ほっと息を吐く。雨はいつの間にかあがっていて、空があかいろに染まっていた。

(貴方を司る光)


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