運命論者ではないし、運命というと安っぽいし嘘くさく感じるが、そういうものは本当にあるのかもしれないとまじめに考えたくなった。教室に案内され一番最初に視界にはいった名前も知らない彼女。
 廊下で見かけたときも同じような印象をうけたが、彼女の周辺だけ切り取られたかのようだった。そこだけ別世界のような感覚。彼女の周辺に壁が存在していて、例えるなら薄いガラス、そんな程度の壁なのにたしかに壁として機能していた。
 彼女は周りをないものとしているし、周りも彼女をないものとしているようだった。休み時間ごとにオレの席には物珍しさにひとが集まってきたが、その隙間からちらと彼女をみる。どうやら休み時間になるとすぐにヘッドホンをするらしかった。そしてずっと窓の外を眺めていた。廊下で会ったときもそうだ、分厚い雲が空を覆っているというのに、彼女は何を見ているのか。
 ざあざあとまた雨が降りだしたとたん、彼女はヘッドホンをはずした。そういえば、廊下で会ったときも雨が降っていて、ヘッドホンをはずしていた。雨が好きなのかな、なんて考えていたら、目の前のひとたちが「話聞いてる?」と不機嫌そうにするものだから、苦笑いしつつ視線をうつした。


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「すこしいいかな」

 外はまだ雨が降っていた。予想通り彼女はヘッドホンをすることなく首にかけたため、容易に声をかけることができた。オレの姿を認めた彼女は、何度も目をぱちぱちさせた。

「…え、あの、同じクラス…?え?」
「朝のHRで紹介があったんだけど、もしかして聞いてなかったのかな」
「あ、ごめんなさい…」

 彼女はすこし俯いて、戸惑いと驚きからか視線が泳ぎっぱなしで見ていて面白かった。どちらかと言うと拒絶を示すほうの戸惑いはあまり向けられることはないし、こういう反応は新鮮だ。

「オレは氷室辰也、きみの名前を聞いてもいいかな」
「宵谷甘露、です」
「甘露ちゃんって呼んでもいいかな」

 そう言った瞬間、露骨に嫌そうな顔をした。まあ、嫌そうにしても呼ぶけどね。呼び続ければいつかは必ず慣れるものだ。

「それで、きみにお願いがあるんだ」
「…わたしじゃなきゃだめですか」

 ヘッドホンに手をそえて、視線を逸らしたまま彼女は小声でつぶやいた。きっとオレ以外には聞こえていないだろう。別にお願い自体はだれにでもこなせるものだけど、単純に彼女が気になっただけ。

「だからきみに声をかけたんだ」
「そうですか…。で、お願いってなんですか」
「うん、編入したばかりだからどこに何があるかわからないし、校内を案内してもらいたいんだ」

 は?とでも言いたげな表情に頬が緩みそうになった。別にそれ、わたしじゃなくてもいいじゃないですか。口で言われなくてもわかるぐらい、目がそれを物語っていた。

「甘露ちゃんがこの学校にきて初めて会ったひとだから、できれば甘露ちゃんにお願いしたいんだけど、だめかな?」

 こういう言い方をすると大体のひとは断れないし、周りに聞いているひとがいる以上、ひとの目を気にするタイプのひとには嫌らしいお願いの仕方だと思う。ヘッドホンまでして周囲を遮ろうとする彼女が、ひとの目を気にしないはずがない。ひとの目を、音を気にせず内側にこもるためのヘッドホンだとオレは感じたが。

「……わかりました」

 案の定彼女はしぶしぶだが引き受けてくれて、心のなかでこっそりわらう。ものすごく嫌そうな顔をされたが、それに気付かないふりをしてありがとうと言った。

(出逢ったから落ちた)


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