雨音は落ち着くから好きだ。いつもヘッドホンをしているけれど、雨の日だけははずすことにしている。だって、ヘッドホンをしては雨音が聴こえないから。周りの雑音が耳にさわるけれど、それがどうでもよくなるくらい、雨音はきれいなものだ。
 廊下のはしをぼんやり歩く。いつもしているヘッドホンを首にかけ、ただひたすら雨音に耳を傾ける。知り合いなんてほとんどいないから、こうしてぼんやり歩いていても誰も声をかけてはこない。
 そんな油断みたいなものがあったのだと思う。

「…すみません、すこしいいですか」
「――!?」

 うしろから聞こえた声に驚き動揺しながら振りかえる。全く知らないひと―…なのは当然のことだけれど、すごくきれいなひと。こんなひとがわたしに何の用があるのだろう。周囲の視線がこちらに向いているのがわかる。はやく立ち去ってしまいたい。すこし距離をとりながらヘッドホンに触れる。

「驚かせてしまってすみません」
「、…いえ、わたしに、なにか?」

 こちらを見つつも興味がないといったふうに通り過ぎて行くひとたち。この男の子を見てきゃあきゃあいう女の子たち。はやくそんな雑音を消し去ってしまいたいのに、はやく、はやく。
 けれどここできつい態度をとっては、あいつはきつい人間だとひそひそ囁かれることになるのだろう。他人が発する雑音もうっとうしいが、他人が自分に対して発する雑音がいちばんうっとうしい。

「編入してきたばかりで何がどこにあるのかわからなくて…職員室の場所を教えてもらえますか」
「えっと…」

 うわあ、編入生、ちゃんと案内しないと周りに白い目で見られてしまいそうだ。
 このまままっすぐ突き当りまでいって、左に曲がってすぐ。道を示したあと、お礼を言われさっさとこの場から立ち去ろうと思いヘッドホンをつけようと首元に触れる。

「あなたは何年生なんですか?」

 ま、まだ何かあるの…!?そんなこと、あなたにはどうでもいいことでしょう。なんて言えるわけもなく、両手でヘッドホンに触れたまま口をひらく。

「2年、です」
「それじゃあオレと同じだ。よろしくね」

 何をどうよろしくしろと。だいたい同じクラスになるかどうかもわからないし、たとえ同じクラスだとしてもわたしから話しかけることなんて絶対にない。このひとから話しかけることも、恐らく。
 時計をみて、急いでいるからと男の子は去っていった。ほっと息を吐きながら窓の外に視線をうつす。気付かぬうちに雨はやんでいて、周りの雑音がいっそう大きくなった。それを遮断するようにヘッドホンをした。

(何もかも始まり)


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