たいしたことはない。ただ音楽プレイヤーを買って帰ればいいだけ。緊張するし落ち着かないけど、でも前よりはだいぶ慣れた。
 秋田はとても田舎だし、都会みたいに少し歩けば、少し電車に乗ればどこかに辿りつく…なんてことはない。電車に数十分乗って、さらに数十分歩いてやっと目的地なんて普通だ。自動車は必須だし、その自動車をもってしても数十分は余裕でかかる。不便ではあるけれど、わたしはここが好き。

「結構歩くね」
「あ、はい。3、40分くらい…」
「足は大丈夫かい」
「はい、歩くのは好きなので」

 むしろ、気になるのは氷室さんのほう。バイパス沿いとはいえ、田舎だから案内するような場所がない。どこに行きたいとか、リクエストしてもらえればあそこにありますと言えるのだけれど。ただ漠然と、案内。……無理、です。
 数分歩いたのち、無言が苦しくなってきて氷室さんを盗み見る。何が珍しいのか、道路の向こうを見たり、きょろきょろしていた。

「結構都会で暮らしていたから、田舎は初めてで新鮮だな」
「な、何もなくてすみません」
「オレは、こういうのも悪くないって思うよ」
「あ、そうですか」

 本心はどう思っているかわからないけれど。わたしがわかる範囲では嫌そうに見えないから、きっとそうなのでしょう。
 また少し無言になって、どうしようと思考を巡らせる。落ち着かなくてそわそわするから、何かしらで気を紛らわしておきたい。

「あ、あの」
「ん?」

 視線があった瞬間、心臓が大きく音をたてた。それに驚いて何度か瞬きしながら胸に手をあてる。…先ほどよりもうるさくはないけれど、それでも音がはやい。…動悸?

「甘露ちゃん?」
「えっあっごめんなさい、大丈夫です」
「そっか」

 息がきれるわけでも、目眩がするわけでもない。なら大丈夫なはず、です。普通に歩いているだけだもの。

「……氷室さん、あの」
「なんだい」
「…バスケの話、聞きたいです」

 ぱち。まばたきをしたあと、氷室さんは困ったように笑った。…何か、気に障るようなことを言ってしまったのでしょうか。以前、とても嬉しそうに話してくれたものだから、もう一度と思ったのだけれど。

「オレばかり話して、つまらないかもしれないよ」
「え、いえ!むしろ知識のない人間に話してもつまらないですよね、すみません…」
「いや、楽しそうに聞いてくれるから、話していて楽しいよ」

 ほんとうですか。言葉にはださず、視線をおくると氷室さんは突然笑いだした。わ、笑うなら予告してくれないと、驚きます…!!

「じゃあ、何から話そうかな」
「ル、ルールからお願いします……」
「ふふ、構わないよ」

 氷室さんが楽しそうに話すものだから、聞いているこちらも楽しくなってくる。わからない部分も聞けば答えてくれるものだから、テレビのなかだけじゃない。生で、…氷室さんたちがバスケをしているところを見たいと思った。きっときらきらしているんだろうな。


- - -


 話していたら数十分なんてあっという間だった。気付いたら目的地についた。音楽プレイヤーはいつもと同じ容量、同じメーカーのものを買う。

「す、すみません。付き合っていただいて」
「気にしないで、楽しかったよ」
「ろ、ろくに案内もしてませんね…。ほんとう、何もなくて。あっ、田んぼと畑はありますけど」
「オレは結構好きだよ」
「ほんとうですか!?」

 好きな場所を好きと言ってもらえるのは嬉しい。都会と比べたら何もないけれど、でも、都会にないものがここにはある。空気はきれいだし、水も食べ物もおいしいし。

 最初は不安だったけれど、今日はとても楽しかった。氷室さんも楽しかったと言ってくれたし、こういう休日も悪くない、かも。


(霞む無垢)


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