熱がさがったとはいえ、まだちょっと体がだるい。軽く息を吐いて、窓の外に視線をむける。前より少し空が高くなった気がする。秋らしい巻積雲が広がっている。窓側の席はいいね、こうしてぼんやり外を眺めることができるもん。
 そんなふうに頬杖をつきつつ思いを馳せていると、聞き慣れた足音が近づいてきた。

「やえちん大丈夫〜?」
「もう平気、ありがとね」

 突然、むっくんの大きな手がこちらに向かってきて、反射的に目を瞑る。額に感じる温度に目を開くと、むっくんは自分の額に手をあてて「んー」と唸っていた。

「わかんない」
「あはは、体温にあんまり差がないからじゃない?」
「やえちんのがちょっと暖かい気がする」
「病み上がりだもん」

 微かに笑うと、額から手が離れた。朝の段階では平熱より若干高いぐらいだったから、行けるでしょって思って来てしまった。マスクはばっちりしてるから、多分大丈夫。体育はさすがに見学かなあ、まだ本調子じゃないもん。
 ポーチからのど飴を取りだすと、むっくんがちょうだいと言わんばかりに手をだしてきた。…餌付けとはこのこと、か。普通の飴を探して手のひらに置くと、ぱあっと笑顔になった。わかりやすいなあ。

「お菓子食べたい」
「今、飴あげたばっかりだよ?」
「違うし、やえちんの作ったやつ〜」

 ああ、と頷く。ノートのお礼、まだだったもんね。

「何がいい?」
「やえちんの得意なやつ〜」
「え、得意…?」

 わたしって何が得意なんだろう。今まで考えたことがなかった。ぱっと思いつかないから、よく作るものでいいかな。わたしが一番最初に作ったお菓子でもある、パウンドケーキ。

「うーん、シンプルなものでもいい?」
「なんでもいいよー」
「わかった」

 体調が完全によくなったら作ろうかな。シンプルなパウンドケーキでもいいけど、今は洋なしが旬だから洋なしのパウンドケーキにしようかな。季節の果物を使うのって好きなんだよね。

「あ、そういえば昨日は電話ありがとね」

 ぴた。その表現そのままに、むっくんは固まった。前の席から吹きだす声が聞こえて、見ると友達が僅かに肩を揺らしていた。…え、え?

「何…?」
「なんでもねーし!」
「ふ、ふふ、あたしが答えよう。それがね、」

 友達が笑いながら話しだそうとしたとたん、むっくんはそれを睨みつけた。笑いがこらえきれなかったのか、机に突っ伏す友達。え、全く状況が読めないんだけど、どういうこと…?わたしが休んでいる間に何があったの?

「でもさあ、やえ、嬉しかったっしょ?」
「へ、あ、電話?」
「そうそう」

 それは、もちろん。ずっと自分の部屋でひとり寝ているだけってさみしい。熱がでるとひとが恋しくなるー、だっけ。あれってほんとなんだね。
 朝からずーっと寝てたから、夕食後、解熱剤を飲んで落ち着いたら妙に目が冴えてしまった。そしたら布団のなかでじっとしているのが退屈になって、誰かと話したいなあって思った。そんなときに電話がきたのだから、当然。

「う、嬉しかった、です」
「……」
「だってさ、紫原くん〜?」
「うっぜー…」

 なんだか気恥ずかしくなって、少し俯く。ありがとうは言えるのに、嬉しいだと恥ずかしいのはなんでだろうね。それにしたってむっくんとこの子は、いつの間に仲良くなったんだろう。すごくからかう姿勢だし。今それが向いているのはむっくんだけど、恥ずかしいからちょっとやめてほしいね…!
 俯きながらぐるぐる考えていると、「似たもの同士」と友達の笑い声が聞こえた。


( 紅葉が散る / 140624 )

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