「やえちん」
わたしを呼ぶ声に反応して目を開ける。夜になるといろいろ考えてしまって、どうにも眠れない。
眠れない日が続いているせいで、授業中にうとうとしてしまっている。テスト前だっていうのに、だめだなあ。
今って何時だろう。何時間目まで終わったっけ。体を起こして時計を見て絶句した。よく怒られなかったね…もう下校時間かあ。
なんだかんだ学校に来ているわたしって、褒められてもいい気がする。自虐趣味かな。なんでもいいや。
来ててもまともに授業を受けていなかったら意味ないし。お昼休みには起きてた…と思うんだけどなあ。どうだっけ。忘れちゃった。
「やえちん、起きてる〜?」
「ああ、うん。ぼーっとしてた。起きてるよ」
「……」
嫌だな。そういう目で見ないでほしい。
「あーやえちゃんっ!ちょっといいかなあ〜」
「手伝ってほしいことがあるんだけど!」
「…うん」
また、かー。むっくんと話してたからかな。女の子って結構怖くて気持ち悪いね。
空っぽの胃から何かがせりあがってくる感覚。喉が痛い。頭のなかも胃もぐちゃぐちゃで、気持ち悪い。
「ごめん、ちょっと行ってくる。ばいばい」
「…ふーん」
なんとなく顔が見れなくて、俯いたまま言葉を紡ぐ。妙に低い声に、ずきずきとどこかが痛んだ。
- - -
校舎裏にでも連れていかれるかなーと思ったのに。まさか屋上だとは思わなかった。
人目につきにくい場所っていえばそう。もともと屋上にくるひとは少ないし、テスト期間だし。下校時間だし。…まあ、もってこいの場所だよねー。
「なーに悲劇にヒロインぶっちゃってるんですかあ?」
「構ってちゃんとかマジキモイんですけど」
「あーあ、紫原くんかっわいそお」
そんなつもりないんだけど。そう言われるってことはそうなのかな。どうでもいいや。
考えること自体がめんどくさい。気持ち悪い。もう、それでいっぱい。
「なんで別れないのー?惨めになんないの?同情されてんだよ」
「紫原くんやっさしー」
…あれ、むっくんってそんなひとだっけ。うざかったらうざいって言いそうだし、うっとうしかったらそうだと言いそうだけど。
このひとたちの見ている“紫原くん”と、わたしの見ているひとは違うのかなあ。
優しくないと言っているわけじゃない。優しさじゃない優しさを向けるひとだと思ってないって話。
…あー、なんか、笑っちゃうね。こんな状況なのに、妙な優越感。
「わたしたち、優しいからさあ。今から電話して別れたら許してあげる」
「あんたなんか似合わないっての〜」
似合うとか、似合わないとか、本人差し置いて何言ってんだろう。気持ち悪いなあ。
別れるとか別れないとか、そういうのも。他人に言われてそうするって、よっぽど気持ちが軽いよね。
ああもう、ばかみたい。なるほどね、わたしは女の子だ。好きなひと、譲れるわけないでしょー。
「ほーら、電話しなよ。持ってんでしょ?」
なんで気持ち悪いのか。なんで痛いのか。もう、わかっちゃった。
今まで悪いふうに見られたくないって、八方美人。そんなふうにしてたけど。譲れないし、譲る気ないし。どうだっていいやあ。
いつものわたしなら、こんなふうに反抗しないかなあ。今までが水の泡だね。でも、もういいの。
「…何笑ってんの?きっも」
「ごめんね?そのお願いは聞けないかなーって」
「は?自分の立場わかってんの?テメーに拒否権なんかねーんだよ」
立場、ねえ?なあにそれ。
自分に自信があるわけじゃないよ。最近の感じからして、絶対いいふうに思ってないだろうなあ。
すっごく眠い。ごちゃごちゃ考えようとしても、浮かびあがる前に消えていく。
「わたしより“紫原くん”に似合う自信があるのなら、なんでわたしに構うかなあ」
「…あ?」
「わたしに気を遣ってる?優しいんだね。ちゃんと彼女として見てくれてるんだ。ありがとー」
気持ち悪くて仕方がない。でも、こうして言葉を吐きだすとすこしずつ楽になっていく気がする。
「あ、そーだ。いっぱい話しかけてさ。お菓子とかあげたりして。そうしたら振り向いてくれるかもよ」
「はあ!?っとにうぜーんだけど!」
「わたしなんかより似合う、そうなんでしょ」
「てめ……!!」
「何してんの〜?」
声のするほうに視線を向ける。…全然気付かなかった。いつからそこにいたの、むっくん。
さすがにむっくんがここにくることは想定外だったみたいで、途端に女の子たちの顔が青ざめはじめた。ぼんやりした頭は展開についていけず、ただまばたきをするだけ。
「い、いや、やえちゃんとちょ〜っと世間話を。ねえ?」
「電話して何したら許してくれるんだっけ〜?」
「別れたら、だって。許さなくてもいいけど」
「……あ、えっと……」
あーあ。そりゃあびびるよね。こんな大男に、あんな顔で睨まれたら誰だって泣きだしたくなる。
「ほんとにうぜーのはそっちのほうだろ。とっとと消えてくんない」
「……!!」
ばたばたと、ある子は泣きながら。ある子は怯えながらでていった。…あれ。さらっと反応しちゃったけど、むっくんってだいぶ前から聞いてた?
見上げてぞくっとした。眠気、一気にとんだ…。逃げたほうがいいの、わたしも同じだよね、これ。いつかバスケの話をしたときと同じ目の色をしている。
無言で腕を引っ張られ、為す術もなくずるずると引きずられる。屋上からでるのかと思ったら壁に向かって放られ、振り返った瞬間何かが横をかすめた。…腕?
距離の近さと威圧感で、一瞬呼吸がとまる。ああ、これ、相当まずい。
( 怒りの矛先 / 140412 )