「スリッパを貸していただけませんか」
「上履きはどうした?」
「昨日汚してしまって持ち帰ったんです。それで、忘れてきてしまって」
「全く…明日は忘れるなよ。遅刻だから急げ」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
正直気が重い。教室に行きたくない。だけどテスト期間だし、テスト直前の授業ってかなり大事だもん。休むわけにはいかない。
…それだけじゃないけど。
教室の扉を開けると、一気に視線が集中した。遅れてすみませんと言い、自分の席につく。
多分、ちょっと嬉しそうな顔した女の子たちがやったんだろうなあ。
今から机のなかを覗きこむことはできないし、気をつけながらなかを探る。…大丈夫、何もない。カッターの刃とか画鋲って地味に痛いんだよね。
- - -
数学の授業が終わってため息をつく。やっぱり苦手だなあ。式が意味わかんない。
「やえ、それ何」
「上履き忘れちゃった」
「は!?なんで、いつも置きっぱなしじゃん!」
「新しいのに変えようと思って、昨日持って帰ったんだよ。でも寝坊して忘れちゃった」
「はあ…?」
納得いかないといった様子だったけど、しない理由もないよね。だって、上履きを持ち帰ったかどうかなんて知らないもんね?
「やえちん〜」
「どうしたの?」
うわ、なんか不機嫌そう。じーっとこっちを見たと思えば、また不機嫌そうに顔をしかめる。
すこし視線をそらすと、こちらも不機嫌そうな顔をした女の子たち。…居心地が悪いなあ。
「ねー、なーんか隠し事してない?」
「へ?なんで?」
「なんとなくだけど、昨日からちょ〜っと変だし」
「そうかなあ。気のせいじゃない?」
相変わらずしかめっ面をしているものだから、笑いながら次は移動教室だよと声をかける。
友達もずっと視線がこっちなんだけど。い、居心地悪いったら!もう!ふたりしてなんなの?
- - -
あー、またやられた。下駄箱の一件があったんだから、ノートを机にいれっぱなしにするんじゃなかった。
よりにもよって数学のノートを盗られるかー。数学苦手だってこと、知っての行いかな。テスト前なのに、ああもうどうしよう。
こっそりかばんの中身を確認したけど、こっちは何事もなかった。念のため、教科書をしまっておこう。
うう、胃が痛い。なかなかきっついなあ、これ。帰りたい。帰っていいんだろうなあ。
「やっぱ体調悪いだろ」
「悪くない」
「あのさー、」
「あっやえちゃん!ちょっといいかなあ!」
むっくんが何かを言いかけて、それを遮るように甲高い声が響く。ああ、このひとたちって。
「うん、どうしたの?」
「ちょっと話があるからきてほしくって!すぐ終わるんだけどね!」
「わかった」
「は?今オレと話して、」
「ごめんね、ちょっと行ってくる」
痛い、いたい。今度のこれは胃の痛みじゃない。じゃあなんだろう。よくわからないけど、気持ち悪い。全部吐き出してしまいたい。
女の子の後ろをついていった先は女子トイレだった。ベタな場所、だなあ。
「ねえやえちゃん、コレなーんだっ」
「……!!」
それ、わたしのノート…!びっくりしてそれを見つめていると、笑いながら引き裂いていった。
「ゴメーン、手が滑っちゃったあ」
「あーあ、テスト大変だねー!」
引き裂かれて、ひらひらと床に散らばっていく。…気持ち、悪い。胃の痛みがどんどん増していっている気がする。
「ほーんと目障りなんだよ」
「いい気味だわ〜」
「うざがられてるの、気付こうね?」
軽く背中を押されて、ぺたんと床に座りこむ。ああ、もう。気持ち悪い。ぐっと吐き気をこらえると、喉がいがいがしはじめた。口のなかもひどい味。
「……掃除、しなきゃ」
掃除して。チャイムが鳴ったら保健室に行こう。吐き気とこれだけの胃痛だもん。じゅうぶん理由はあるし、誰にも疑われない。
言いたいことって、どうして全部終わったあとにでてくるんだろうね。気持ち悪い、ったら、ない。
( 耐えしのぶ / 140411 )