や、やられた…!!
下駄箱を開くと、上履きに水がなみなみと注がれていた。…ローファーにやられてないだけマシだよね。それをやられると帰りに困ってしまう。
あーあ。これどうしよう。職員室に行けばスリッパを借りられたっけ。でもそれって明らかに、…はー。帰ろうかな。きりりと胃が痛みはじめた。
「橘、何してるアル」
「!!」
勢いよく下駄箱を閉めると、大きな音が響いた。動揺しすぎた、これは絶対に怪しまれる。悟られちゃいけないのに。
「履きかえないアル?」
「え、えっと」
どうしよう。ここで知り合いに会うとは思わなかった。忘れ物したので帰りますが通らないことぐらいわかる。体調悪いと言ったら保健室。今ここで履きかえない理由にはならない。
答えを渋っていると、劉先輩はいつの間にか近くに来ていた。押さえていた扉が無理やり開けられる。
「……橘、」
「いっ言わないで、ください!」
もう一度強く下駄箱を閉める。こういうの、知ってる。何したって結局無駄なんだ。おとなしくしていればいつか終わる。
だから、放っておいて、ください。
「これ、紫原に言ったアル?」
「……言って、ません」
「言わないアル?」
「……」
どうして、“言わない”ってすぐに言えないんだろう。最初の手紙から決めていたこと。言ったってしょうがない。どうにもならない。ただ迷惑をかけるだけだ。
「橘、ひとつ言わせてもらうアル」
「は、はい」
「自分勝手アル。橘は誰と付き合っているアル?」
「え」
ぴたりと思考が停止する。言葉の意味がわからない。劉先輩は何が、言いたいの?
「…あとは、紫原に怒られるといいアル」
「え、ちょ、待ってください!」
「心配しなくても言わないアル。どうせばれるネ」
何も言葉がでなくて、ただ劉先輩の背中を見つめることしかできなかった。
立ちつくしていると、チャイムの音が鳴り響く。どう…しようかなあ。今から行っても遅刻。ならいっそ帰ってしまおうか。
「…帰れるわけ、ないよ」
こんな状況でも顔が見たいなあって思うなんて。…ばかだなあ。
劉先輩の言っていること、いまいちわからないけど。迷惑をかけたくない、っていうのは確かにわたしの勝手だ。
それでも間違ってるとは思わない。余計な心配はかけたくない。可能な限り隠し通したい。全部、ぜんぶ、……怖い。
上履きの水を外に流す。ローファーは、…水入れられたらって思うと怖いけど、下駄箱に入れるしかないよね。
濡れた上履きはタオルで包み、かばんに入れる。ほんとはそのまま入れたくないんだけど、袋がないから仕方がない。
…言い訳、考えないとなあ。
ポケットに入っている携帯が震える。メールを開いて、思わず笑みがこぼれた。
「だめだなあ、ほんと」
好きなんだよ、それはほんと。だから迷惑をかけたくない。何も知らずにいてほしい。
自分勝手、だね。
“珍しくいないじゃん。体調悪い〜?”
“ごめん、寝坊しちゃった。ちょっと遅れる!”
( 隠し秘めて / 140411 )