…長い。この待ち時間、長い。部活がないから当たり前なんだけど。
 いい加減、教室の鍵を返さないといけないよね。こんな時間までひとりで何やってんだーって話。時間つぶしに教会に行こうかな。あそこは遅くまで開いてたはず。

 職員室に鍵を返して教会のなかに入る。わずかな明かり、しんと静まり返っている空間。頭のなかを整理するにはじゅうぶんすぎる場所。
 レモン味の飴を口に含む。柑橘系の飴が好き。においも好き。今度、みかんで何か作ろうかなあ。旬だもんね。

「あー…時間」

 行きたくない。でも行かなくちゃ。気が重いなあ。…何から話せばいいんだろう。頭のなかがごちゃごちゃになってきた。
 教会の扉を閉めると、重い音が暗闇に響く。こういうときだけ神さま頼りってひどい話だなあ。でも、頑張るから、後押ししてください。

「やえちん遅いしー」
「あれ、そう?ごめんね」

 いつもの時間に来たつもりだったんだけどなあ。…携帯を見るといつもよりすこし遅かった。ごめん。わたしがのんびりしてたみたい。
 はあ、何から話そう。ていうか、何を話したかったんだっけ。ちゃんと考えたつもりだったのに。本人を前にして、全部抜け落ちちゃったのかな。なかなかひどいね…。

「練習、どうだった?」
「疲れた〜〜」
「お疲れさま」

 …なんで全然関係ない話をしてるんだろう。学校から家までの距離は長くない。ちゃんと話さないとあっという間についてしまう。
 でも思い浮かばないんだから、だめだね。ここまできて逃げるのかな、わたしは。

「…今日、部活ないでしょー。なのに待ってたって、大事な話があるんじゃねーの?」
「ん、…頭のなかで整理するから。ちょっと待って」
「……」

 あ、あの。むっくん、なんか怒ってる気がするんですけど。心当たりがありすぎて怖い。わたしから話があるって言ったのに、全然本題に入らないし。
 昨日、氷室先輩と話したことを思いだす。もう、ごちゃごちゃ考えるより、行動で示したほうがはやいかもしれない。いくら考えても、言葉が浮かぶことすらない。
 行動で示すほうが恥ずかしいけど!時間は限られているし、言葉が浮かばないんじゃ仕方がない。はあ、とため息をつく。

「ついちゃったじゃん。まだ?」
「え、もう?あー…」

 もう考える時間はないってことね。氷室先輩の話通りなら、嫌われたわけじゃない。大丈夫。嫌じゃないってこと、ちゃんと伝えないといけない。
 …やっぱり、そうしたほうがはやいかな。氷室先輩もそんなようなことを言ってたし。あーもう緊張するなあ。家についてしまったのが、むしろ救いか。

 深呼吸、深呼吸。

「むっくん、ちょっとここらへんまで屈んでくれない?」
「は?なんで?」
「いいからはやく!」

 わたしの心が変わらないうちに!

 目の高さが同じになって、すっごい緊張する。大丈夫、大丈夫。逃げ場はあるもん。申し訳ないけど逃げさせていただきます。
 むっくんの肩に軽く手を添えて、目を閉じる。すこしだけ触れた唇。

「お話は以上ですおやすみなさい!!」
「は!?ちょっと待て!」
「ひゃっ!?」

 逃げようとして、後ろから抱きしめられた。あああわたしの逃げる計画が終わったあああ…!!

「あー…意味わかんないし。ずるすぎるし」
「いや、あの、その」
「だいたい話じゃねーし。何考えてんの?」
「は、話す内容思い浮かばなくて…」

 はあ、とむっくんが深いため息をつく。息が耳にかかってくすぐったい。もう、もう、心臓静かにして!

「あ、あの、離してもらっていいですか…。ひと、ひと来るかもしれないし!」
「逃げないならいいよ〜」
「……逃げ、ないよ」
「その間、何ー?」
「逃げませんっ」

 やっと解放してもらって、ちょっと安心する。だって心臓もたないもん。恥ずかしい。ひとが来たらそれこそ恥ずかしくてしんでしまう。

「あー…やえちんさ、柑橘系の飴舐めてた?」
「うん、ちょっと前に。どうして?」
「ないしょ〜。飴ちょうだい」
「え、うん」

 突然だなあ!いいけど!ポーチを取りだし、むっくんの手のひらにいくつか飴をおいていく。

「何味があるんだろ。えーっとね、みかん、レモン、グレープフルーツ、ミント…」
「柑橘系以外はねーの?」
「…ミントだけみたい」

 柑橘系が好きだから、新商品がでない限りこればっかりにしちゃうんだよね。新しい飴でも買おうかなあ。いっぱい味がはいってるやつ。

「じゃあレモンもらう〜」
「うん、どうぞ」

 それ以外の飴をポーチにしまう。あれ、ほんとに普通にしてるけど、結局どうすればよかったんだっけ。
 すこしして、飴を砕く音が聞こえる。

「もったいないー!」
「やえちんもよくやってんじゃん」
「…うん。ひとのこと言えないね…」

 常習犯でした。ごめんなさい。でも普段はちゃんと舐めてるもん。砕くのはちょっといらいらしてるときだけだもん。

「ちょっと上向いて〜」
「ん?」

 言われたとおりにすると、ふわりとレモンが香った。視界が紫色でいっぱいになったと思えば、すぐに離れていく。ほのかに残る熱。

「……っ!?」
「さっきの仕返しだし」

 あ、わわ、恥ずかしすぎて頭パンクしそう…!俯きながら視線をあちこちに動かしていると、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。

「ファーストキスはレモン味って言うしー?」
「だ、だから飴…!?っていうかファーストキスとは限らないよ!」
「違うの〜?」
「ち、違わないけど」
「あの反応で初めてじゃなかったらびっくりだし」

 うう。余裕すぎてむかつくなあ。わたしばっかり焦ってるみたいだ。

「じゃあ、むっくんはどうなの」
「オレも初めて〜。だから柑橘っぽいにおいがしてびっくりしたわー」

 初めてだってわかって、すごく安心した。我ながらわかりやすいなあ。前に彼女がいようといまいと、今はわたしだから関係ないけど。でもやっぱり、ちょっと違うよね。

「あの、文化祭のとき。ごめんね。ほんと恥ずかしかった……」
「わかってるからへーきだし」
「ん、そっか」
「…もし、やえちんが本気で嫌がってたらどうしよーって、ちょっと怖かったかも〜」
「……そっかあ」

 嫌じゃない、それは本当。あのときは怖かったけど、今はもう怖くない。むっくんの手を両手でぎゅっと握ると、頬に赤みがさしたように見えた。

「やえちん、昨日体調悪そうだったよね。冷たくしてごめんねー?」
「え、いや体調悪くは」
「んー…体調悪いってゆーか、眠そう?」
「…はあ、敵わないなあ」

 やっぱりばれちゃうんだねえ。隠し通したいけど、隠し通せない。ばれたくないけど、気付いてくれると嬉しい。…矛盾してるなあ。

「それはオレのセリフだし」
「そうなの?」
「そうなのー」

 うーん。むっくんがわたしに敵わない要素ってあったっけ?

「そろそろ家入ったほうがいいんじゃねーの。夜だから冷えるしー」
「うん、そうする」

 …とは言ったものの。なんだか名残惜しくて手が放せない。

「やえちん〜?」
「はっ!はい!帰ります!おやすみなさい、また明日ね!」
「おやすみ〜」

 小走り気味で玄関の扉をあける。ばたんと扉を閉めたら、体の力が一気に抜けた。ああもう、緊張したし恥ずかしかった。…頑張って、よかった。


( あめあがり / 140409 )

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