"トリックオアトリート"
もう一度脳内で繰り返す。どうしてそう繋がったの!?ぽかんと見上げていると、そっと頬に手が添えられた。
「ちょ、ちょっと!じゃなくてかなり!待って!?」
「だって今お菓子ないでしょ。イタズラしかないよね〜」
「へ、あ、そうだ飴終わっちゃったんだ…!」
え、ど、どうしよう…!?あれ以外にお菓子なんて持ち歩いてない!教室に戻ればあるけど!も、戻らせてくれないよねどどどうしよう!?
「は、ハロウィンは今日じゃない!!」
「けど、さっきまでハロウィンと同じことしてたじゃん」
「でででも飴配ってただけだもん関係ない」
「仮装して〜?」
「……こ、これは……」
何言ってもうまいこと返されそう。逃げ場って、どこかなあっ…。走っても追いつかれるし、そもそも階段で転びそう。あーもう!
腰を引き寄せられて、さらに逃げ場がなくなる。
「あ、あの…っ、あの、!」
「ダメ?」
「だっ……」
その聞き方はすごくずるい。わたしが拒みきれないのわかって言ってるよね!?だいぶパニックだ。顔が熱いし、むっくんをまともに見れない。
「お、お菓子ほしいならあげるから!」
「欲しかったら最初から言ってるし」
「……あー!!そういうこと!?」
今更気付いたけど、飴ちょうだいって言われてない!あれだけたくさんもってたのに!もっとはやく気付いていればよかった。トリックオアトリートと言われなくたって、勝手に押しつけちゃえばよかったんだ。
「ちょーっと遅かったね〜」
「あああ、も、どうしよ、どうしよ、っ…」
「落ち着いたら?無理だろうけどー」
「わかってるなら言わないで!」
落ち着こうと思えば思うほど落ち着けなくなっていく。どうしようどうしよう、ってその言葉しかうかばない。だってだってこれって、キス、だよね。
嫌じゃないけど、恥ずかしいの!学校でするのは嫌なの!むっくんとは、むしろ、――あああもう!何考えてるんだろう!
し、深呼吸しよう。大丈夫。落ち着く。
「あの、ね。むっくんも落ち着こう?」
「やえちんがそれ言う〜?」
「い、言いますっ」
わたしが落ち着いてないのは自覚してる。むっくんも多分落ち着いてないから!お互い冷静になろう。そうだよ。
こつんと額同士がくっついて、さらに距離が縮まる。うう、だめもう耐えられない!
「む、無理、です!やっぱり無理!!」
「やえちん?」
腕に力を込めてもさすがに退いてはくれない。や、もう、どうしよう!冷静になるとか無理だよ!頭のなかぐわんぐわんする!
「ほ、ほんと、むりっ……」
「…ふーん」
肩を押されて、バランスを崩し数歩後ろにさがる。さっきまで沸騰しそうになっていた頭が、冷水をかぶったようにさっと冷えていく。
すごく、嫌な予感がする。
「オレ校舎まわってくるー」
「え、あ、」
大きな音をたてて扉は閉まった。え、えっと。
「ど、どうしよう…」
焦る反面、脚は凍りついたように動かなかった。
( 不安と混乱 / 140406 )