部活が終わって、調理室にひとりきりになった。ひとを待つんでと言うとすごく詮索されたけど、それをすべて流したわたしは褒められてもいいと思う。
 先輩たちが飽きてくれてよかった。そりゃあ、どうなんでしょうねーとか、そういう返答ばっかりしてたらむかつくし飽きると思う。…先輩ごめんなさい。

 1時間ぐらい待ち時間があるから、ノートを整理しつつ携帯をちらちら確認する。20分前には筆記用具を片付けて10分前には落ち着かなくなった。
 窓から体育館は見えないけど、それでも何度もそっちを見て。調理室をひたすらうろうろして、5分前になったのを確認して戸締まりをする。

 自然と早歩きになってしまうのはしかたのないことだと思う。外はもう暗くなっているから当然廊下や教室に明かりは灯っていない。職員室に鍵をかえしたら、とたんに足取りが重くなった。いや、だって、だってさあ…浮かれてたけど。けどね。

「や、やっぱり恥ずかしいよー…」

 教室ではまあ…席が前後だったときよりは話すことが少なくなったけど、席替え直後よりは話すようになった。といってもだいたいあっちから来てくれるというか、いや、うん、わたしの努力不足です…。

 お付き合いなんてね、そうそう経験するものではないと思うんだ。初恋はとっくの昔にすませてきたけど、お付き合いなんてあったっけ?ない!「やえは恋愛対象に見れないよな、相談係ってかんじ」って言われる確率の高いわたしが、だよ。何を間違えたらすてきな彼氏ができてしまうのか。

 お付き合に不慣れだもんね。動揺したってしかたないよね。待つって言ったのはわたしなのにね。
 今すごくさっさと帰ればよかったって思うし、それと同じくらい楽しみなんだよね。なんていうか、爆発したい。

 体育館に向かうと、氷室先輩がひとり立っていた。こっちに気付いたのかいつもどおりにこにこしながら手を振っている。

「部活、お疲れ様です!」
「ありがとう、アツシ待ちかな」
「そ、そんなかんじです…」

 その一言でがっつり固まってしまったわたしを見て氷室先輩はくすくす笑った。ほんと、申し訳ないです、わかりやすくて…。
 氷室先輩には告白された日にメールを送ったから付き合っていることは知っている。動揺しまくりでそれどころじゃなかったっていうのが正直なところだけど、でも氷室先輩にも話を聞いてもらっていたし報告する義務がある。と思う。

「橘じゃねーか」
「福井先輩!部活お疲れ様です」
「おー、そういや差し入れありがとな」

 おおっ、あんまり期待していなかったんだけど、ちゃんと渡してくれたんだね。よかったー。

「あの時のアツシ、すっごい不機嫌でしたよね」
「すっげー怖い顔してたなー…」
「う、うわあ」

 それは、すごく想像できるかも…。うんうん考えているとすこし遠くでむっくんの声が聞こえて、ばっと顔をあげる。

「…橘ってわかりやすいって言われたことあるだろ」
「うっ、言われますね…」

 今の反応のしかたはすごくわかりやすいなあと自分でも思う。指摘されたから余計に顔が熱い。だってだって、しかたないでしょう。

「やえちん〜、待ったー?」
「だいぶ待ってたよなー、橘」
「ひっ!?待ってませんまったく!」
「女の子を待たせるのはよくないアル」
「ごめんね〜?」
「いやだから待ってません!!」

 も、もう!からかわないでほしい!今のわたしはそれに耐えられないから!流すこともできないし、無視することもできない。だから勘弁してください!

「じゃあオレやえちんと帰るから〜」
「…ううう、お、お疲れ様ですっ」
「んじゃなー、お疲れ」

 まだ顔に熱をもったまま先輩たちと別れる。校門をぬけてしばらくしたぐらいでぎゅっと手を握られて、びっくりして転びかけた。あ、あっぶなー…!

「動揺しすぎだし」
「い、生きてます、まだ生きてます…」
「やえちんが壊れた」

 突然のことに動揺するのはひととして当然のことである。…なんて言い訳を考えてみたりしたけど、もうちょっと落ち着くべきだと思う。
 いやでも手をつないでいい?って一言言ってくれれば、…全力で顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせてしまうんだろうな。我ながらほんとに落ち着いてほしい。

「さっき何話してたの〜?」
「さっき?…あ、福井先輩と氷室先輩とのこと?」
「うんー」

 すこし、むっくんの機嫌が悪くなった気がする。気のせいかなあと思って見上げてみると、やっぱりちょっとだけ不機嫌そうだった。あからさま、ってわけじゃないけど、でもちょっと目つきが違うなあっていう感じ。
 わたしの視線に気付いたのか、むっくんがこちらに視線をうつしてきたから急いで地面に視線を戻す。な、慣れたかなって思ったけど全然でした、ごめんなさい!嘘つきました!でも昨日はちゃんと普通に話せてたし…な、なんだろう。学校だからかな。

「たいしたことは話してないよ。むっくん待ちです、とか差し入れありがと、とか。それぐらい」
「…そのわりには顔赤かったけど」
「あ、あれはからかわれただけというか…ほんとたいしたことじゃないよ…」
「ふーん?」

 ほんとだよ、と言って見上げると、むっくんはちょっとびっくりした様子で目をぱちぱちさせたあとふいと視線をそらした。それと同時に手を握る力がすこし強くなる。
 やっぱり身長も大きいけど手も大きいよなあ。男の子、かあ。ううう、いえ、わたしは落ち着いています。

「なーんかさー」
「ん?」
「いざ一緒に帰ると、何話していいかわかんなくなるわ〜」

 それは、むっくんも落ち着いていないってとっていいんだよね。なんかそう思うと不思議と落ち着いてきた。

「だけど、無言になっても平気っていうか」
「あ〜、わかる。やえちんと一緒に帰れるだけでいいし〜」
「うっ…、ありがと」

 さらっとそういうこと言うの、勘弁してくれないかなあ。もうちょっと恥ずかしそうに言ってくれたら余裕ができるのに。これだからわたしが照れてばかりになる。
 わたしもこうやってさらっと言えたら…と思ったけど、絶対に無理だから無駄な努力はやめよう。

「あ、ついちゃった」
「なんかはやかったねー。送ってくれてありがと!」
「ん、またね〜」

 むっくんに撫でられるのはやっぱり好き。手が離れて若干さみしく思いつつ、しばらく後ろ姿を見つめてから玄関の扉をあけた。


( 吾亦紅咲く / 140102 )

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