レモンをビンに浸けて数日。ひとつ取り出して食べたら皮まで甘くなっていておいしかった。これってまるごと漬けたら味が染みこまないだろうしすっぱいままなのかな。疲労回復どころか逆に疲れがたまりそう。…桃ちんさんがどこの誰かはわからないけど恐ろしいことをするものだ。
「はい!あげます!」
「…え〜」
放課後、部活に行こうとしているむっくんにレモンのはちみつ漬けがはいったタッパーを差し出す。もちろん、なんで渋い顔をしたのかはわかっている。だって、今これを受け取ってしまえば今日はわたしと一緒に帰れない。でも、部活後に渡すより最初に渡して途中で食べてもらったほうがいいと思うんだよなあ。
「…やえちんのいじわる」
「じゃあいらない?」
「いらないとは言ってねーし」
「じゃあもらってよ」
「…やっぱいじわるだし」
廊下を歩いていると、歩幅の違いが思いっきり現れてくる。ちょっと小走り気味になっているのに気付いたのか、すこし歩く速度を落としてくれた。隣に並ぶと今度は身長の差でちょっと頑張って見上げなきゃいけなくなる。…厄介だなあ。
「明日なら一緒に帰れるよ」
「明日って火曜日でしょ〜、やえちん待ってくれんの?」
「うん、部活ない日よりは待ち時間短いし」
火曜日はつくる料理を決めて、レシピを考える日だから実習の日よりは終了時間がはやい。それぶん待ち時間は長くなるけど、わたしだって一緒に帰りたいって思っているんだからね。週に2回の貴重な日。
「…それちょーだい」
「ん、結構美味しいから部活の疲れふっとぶよー!」
「なーんかいっぱい入ってるし」
レモン何個使ったかなあ。先輩たちのぶんもいるよねって思ったら結構な量になってしまった。
「みんなで食べてね!」
「え〜」
「じゃあ返して」
「…みんなで食べるし」
「うん!」
いっぱい作ったんだもん、どうせひとりじゃ食べきれないと思うし、みんなに食べてもらわないと意味がない。
「やえちんってさ、冬休みはひまなの〜?」
「まあ…ひまなのかなあ」
「ウインターカップ東京なんだけど、くる?」
「嫌です」
出かける予定はないしひまだけど外にでたくない。こたつからでたくない。だから無理だしそもそも東京って、わたしが都会を怖がってることを知ったうえで言ってる?いじめ?
「思ってるほど怖くねーし、行こうよ〜」
「やだったらやだ!それに無知なわたしがお邪魔したくないもん」
「あー、もしかして練習1回も観にこないのもそれなの?」
「半分くらいはね。バスケにあんまり関心ないってのがもう半分」
「ふーん」
ちょっと不機嫌になったのか、むっくんはぷいっと目をそらした。ほんとうにバスケ嫌いなのかなあ、怪しい。
素直じゃないから口ではああ言ってても実は好きなのかもしれない。…まあ、一度揉めたのだし、深入りすることではないよね。何をやろうと自分の勝手、という話ではないけど、同じ場所に立っていないわたしが口を挟むことではない。
「でもほら、帰ってくるの待ってるから」
「んー」
「甘いものいっぱい作ろうか?」
「!!」
もう、単純だよなあ。そういうところが可愛いんだけど。目をきらきらさせながらうんうん頷く姿なんてほんとうに子どもそのもの。
見た目と中身が一致してないよなあ。身体ばっかり大きいけど、中身はそんなことなくて、ギャップってやつなのかな。だから余計に可愛く見えちゃうのかなあ。
「…やえちん、今変なこと考えてたでしょ〜」
「んー?顔にでてた?」
「でてたし、すっげー楽しそうだし、何考えてんの?」
「内緒っ」
にこにこしていると、むっくんはすこし頬をふくらませながら生意気、とつぶやいた。今までさんざんいじられてきたのだから仕返しだ!
「ね〜、手だして」
「へ?あ、あー…」
手を繋ぎたいってことなんだろうなあ。でもここは学校で、廊下で、ひとだってそれなりに通るわけで。かばんをむっくん側のほうに持ちかえる。
「手がふさがってるからだめ」
「今わざと持ちかえたでしょ〜」
「だって学校だもん」
「……やえちんってどんどん生意気になってくよねー」
「そりゃあ、いつかは慣れるものだし」
たとえば、わたしがこういうことをすると恥ずかしがるって知って同じことを繰り返せば、最終的に恥ずかしさが和らぐ。
…いや、うん、絶対に照れないっていう自信はないかも。事実、さっきもちょっとどきっとしてしまったし。
下駄箱をでたら分岐点。体育館と校門の方向は違うもんね。
「やえちん、またね〜」
「うん、また明日ね!」
学校で会うのも、一緒に帰るのも、手を繋ぐのも、全部ひっくるめて!
( 秋のひより / 131224 )