だいぶ緊張が和らいで、いつもどおりに話せるようになった。慣れってすばらしいなあ。ああやっておどおどしているのも今思えばおもしろく見えるけど、あのときはほんとうに大変だったんだからね。
「やえちんってさ、」
じい。しばらくわたしの右手を見つめていたむっくんが口をひらく。
「手小さいよね〜」
「むっくんと比べないでくれる?」
わたしより手の小さい女の子なんてたくさんいるし、どっちかというと大きいほうだと思うんだけどなあ。
「だって小さいし〜」
「そりゃあ男の子と女の子を比べたらそうなるよ」
ぴったり手を合わせると余計に大きさの違いがわかる。背だって男女を比べたら当然差はでる。むっくんは平均より大きすぎるぐらいだから…規格外ってやつかな?それぶん手も大きいし、バスケやってるからなおさら、なのかなあ。
「…いつまでこうしてたらいいの?」
「ん〜…」
もう離していいかなあと思って離そうとすると、ぎゅっと握られて思わずびくっとしてしまう。
「だめだし」
「あ、そ…」
「やえちん照れてるでしょ〜」
にやにやしながら言うものだから、照れてないとつぶやき視線をそらす。そう、別に照れてなんかいない、びっくりしただけ。びっくりしたから心臓の音がはやいだけ。
「ていうか、ここ教室だからね?」
お付き合いをしてからというもの、かなり構ってくるようになった。あからさますぎてクラス中知っているよと友達に言われちゃうし。むっくんに好意をもっていたように見えた女の子たちの視線がわりと痛い。
実はこっそり泣かれてしまったのも知ってる。だからたまに敵意のこもった視線だって向けられるから慣れなくてそわそわする。そういう揉め事はあんまりおこしたことがないから、敵意ってほんとうに慣れない。モテる男を彼氏にしちゃうとつらいねえ、なーんて。
気がすんだのか、むっくんはにぎっていた手を離して立ち上がり、窓にもたれかかった。
「ごめん、立ち上がられると見上げたときに首痛めそう」
「やえちんが必死に見上げてるの、結構可愛いんだよねー」
「はいはい、かがんでくれないと口聞かないからね」
「んー」
さすがに座った状態で2メートル以上のひとを見上げるのってつらい。立っててもちょっとつらいんだけどね。身長差が約40センチってすごいよね、お父さんと小学生みたいな身長差。
「やえちん、今日部活は〜?」
「ないねー」
「…やえちんと一緒に帰りたかったし…」
「2時間近く待つぐらいだったらひとりでさっさと帰りたいかな!」
そりゃあわたしも一緒に帰りたいなあと思わないでもない。けど、家まで10分かからない帰り道のために2時間以上も待つ気にはなれない。
「やえちんのけち」
「けちとかそういう問題じゃないもん。2時間以上待つんだったらもう、1回家帰って部活終わった頃に差し入れもっていったほうがマジだと思う」
「あ、やえちん、レモンのはちみつ漬けつくってよ」
部活の差し入れの定番だなあ。1回作ったことあるけど、自分で使わないからそれ以降作ったことないんだよね。まあ、切って漬けるだけだし簡単だけど。
「いいけど、すぐには無理だよ?」
「そうなの〜?」
「うん、何日か置いたほうが美味しいと思うし」
「レモンまるごと漬けてあるのしか見たことないからイマイチわかんねーんだよね〜」
へ?ごめん、聞き間違いじゃないよね?
「レモン、まるごとって言った?」
「うん〜、桃ちんが作ってくれたんだけど、さすがにアレは違うと思ったわ〜」
桃ちんさんがどなたかは知らないけど、その切らずにまるごとつっこむっていう発想がすごい。何をどう間違えたらまるごと漬けようということが思い浮かぶんだろう。料理ができないひとの思考回路ってよくわからないなあ…。
「ま、まあ…来週ぐらいにはおいしいの作ってくるから」
「期待して待ってるし」
そりゃあもう、感動できるぐらいに。まず見た目から違うし、レモンのはちみつ漬けがどういうものかをきちんと理解してもらわないと。さすがにごろっとレモン1つはいってるのはそれを知らないひとから見ても異常だってわかる。けど、その味に慣れられても困る。ほんとうはおいしいものを間違った作り方のせいでまずいとか、ひどいとか、思ってほしくないもんね!
( 檸檬と蜂蜜 / 131223 )