昼休み、室ちんに呼び出されて屋上に行く。入った瞬間ばたばたと走る音が聞こえて、ふとやえちんたち教室にいなかったなーってことを思い出した。
「おまえ、一昨日言ったこと覚えてる?」
「一昨日〜?室ちんがおかゆ持ってきたことぐらいしか覚えてねーし」
「全く覚えてないんだな…」
その言い方だとオレと室ちんって何か話したってこと?思い出そうとしても一昨日は熱だったし、記憶があいまいなんだよね〜。
「アツシ、多分やえちゃんはおまえに嫌われてると思ってるよ」
「は?なんで?」
「おまえの日頃の行いが悪いから、じゃないかな?」
全然いい子だし〜。むすっとしてたら、室ちんはちょっと笑ったあとすぐに真顔になった。なーんか、めんどくさい話になりそー。
「なあアツシ」
「何〜?」
「思ってることはちゃんと言葉にしないと伝わらないよ」
「…何の話?」
突然何言ってんの?室ちんってよくわかんない〜。あーほんと、一昨日何話したんだっけ。それを思い出せば、室ちんの言ってる意味もわかるのかなー。
ポケットから飴をひとつ取りだして口に放りこんだ。
- - -
「嫌いだったらわたしのことなんか放っといてよ」
やえちんにそう言われた瞬間、室ちんに屋上で言われたことを思い出した。傷つけたいわけじゃねーのに、口は全然違うことを言ってるから笑えるよね〜。正直な話、やえちんの困った顔って嫌いじゃねーんだけど。でも今みたいなやな意味での困った顔とか泣き顔は別。
反射的にからだが動いて、気付いたらやえちんを抱きしめてた。
「っ、うそ、ごめん、やえちん好き」
「……!?」
やえちんの持っていたかばんが地面に落ちる。
あのときだって今にも泣きそうなやえちんを引きとめたくて、でもからだが動かなかった。何言ったかは覚えてねーけど。
嬉しくて泣くんだったら可愛いけど、傷ついて泣くところは見たくないの。原因オレだけど〜。
こうしてみて思ったけど、女の子ってほんとちっちゃいよね。ちっちゃいし細いし、ちょっとぎゅってしただけで骨折れちゃうんじゃないの〜?
やえちんからふんわり甘いにおいがする。何のにおいだろ〜、お菓子で例えると何かな、って考えたけど思い浮かばない。でも甘い。
「やえちんってさ〜、香水つけてる?」
「へっ!?い、いや、してないけど…!?」
え〜、じゃあこのにおいってなんだろ。甘くておいしそうなにおいがするんだけどなー。
腕のなかでもぞもぞ抵抗しだしたから、すこしだけ力を強める。そうしたらぴたっと動きがとまって、今度はオレの服をぎゅっと握りだした。あーなんなの、そういうの。ほんと可愛いんだけど。
そうやってオレに対して可愛くなんのは全然構わないけど、なんだろ〜。やえちんはみんなと仲良くしたいって感じの子だから、男女関係なしにいろんなひとと喋るよね。そういうの見ててすっげーいらいらするし、ウザイって思うし。
やえちんはさ、誰にでもああだって誰かが言ってた。誰にでも話しかけるし、頼られれば面倒見るし。そういう、誰にでもってやつはいらないんだよね〜。欲張りなこと言うけど、誰にでも可愛いやえちんじゃなくてさ、オレにだけ可愛いやえちんがほしいわけ〜。
「ねー、やえちん」
「な、なに…?」
「オレねー、やえちんのこと好きだよ」
「……それは、さっき、聞いた…!」
「うん、でもやえちんなかなか返事くれねーし」
返事くれなくてもそのリアクションで全部わかっちゃうんだけど。でもこういうのってちゃんと言ってほしいし〜?それにしてもこの体勢、ちょおおっとキツイかも。いろんな意味で。
ぱっと手を離してすこしだけ背筋を伸ばす。やえちんってばちっちゃいからそのぶん背中丸めなきゃいけねーし、長時間これは結構キツイわ〜。
まだ服を掴んだまま離れないやえちんの頭をなでる。手を離した瞬間遠のいちゃうかな〜と思ったけど、そうでもないんだねー。ひっついてたって顔真っ赤なのはバレバレなんだけど。
「やえち〜ん」
「わ、わたし」
「うん」
「むっくんのこと」
「うん」
「……嫌い、だもん…」
……は〜?びっくりして頭を撫でていた手がとまる。やってることと言ってることが全然噛み合ってねーし!
やえちんはオレの服からぱっと手を離してちょっと距離をとったと思ったら、真っ赤な顔でこっちを睨んでくる。全然迫力ないし。
「む、むっくんなんか何かあればお菓子ちょーだいだしぜんっぜん素直じゃないしかと思ったら突然素直になるし気付いてほしくないことに気付くしだいっきらいだ!」
「ふーん?」
真っ赤な顔でだいっきらいって言われても怒る気にならないし〜。挑発にもなってねーし。あー、ある意味なってんのかな〜?
何か気配を感じたのか一瞬やえちんはびくっとして、やっぱり赤い顔のまま視線をしたに向ける。
「あ、えーっと、ほら、ちょっと仕返しっていうか…」
「へー?」
「で、出来心といいますか…えっと…ご、ごめんなさい…」
「やだ、許さねーし」
頬に触れると、一層赤みが増した気がした。さすがにこれは誰にでも、じゃないよね〜。顔を真っ赤にして目を泳がせて、ほんと可愛い反応してくれるよね〜。
「やえちん、好きだよ」
「ちょ、」
「好き〜」
「まままま待ってごめんわたしが悪かった待って!!」
こうやってやえちんで遊ぶのも楽しいけど、いい加減答えてほしいんだよね〜。オレも気が長いほうじゃねーし。態度でまるわかりだけど、やっぱ口で言ってほしいの。
やえちんは何度か深呼吸したあと、真剣な顔でオレを見る。けど真剣な顔は一瞬だけで、すぐにさっきみたいに顔を真っ赤にする。それでも視線はこっちを向いたままだから、やえちん相当頑張ってんね〜。
「…むっくんのこと!好きだよ!」
「うん〜」
はい!頑張った!っていう顔でこっちを見ているから、思いっきり頭をなでてあげた。よく頑張りました〜。
どっとからだが重くなった気がして、結構緊張していたことに気付く。確信に近いものはあったけど、それでもそうじゃなかったらっていうのは頭の片隅にあったし、ほんと安心したわ〜。
「な、なんか疲れた…もう帰ろっか…」
「オレも疲れた〜」
かばんを拾って、やえちんの歩幅に合わせて歩く。その後、やえちんの家につくまでひたすら無言で歩いていた。疲れてたってのもあるけど、それより無言が苦にならないというか、居心地がよくてやっぱりやえちんが好きだなあと改めて思った。
( 可愛いひと / 131215 )