さぼりなんて初めてした。友達に心配されたけど、さすがに話せないかなあ。いつものわたしなら軽く流せたと思うんだけど。なんで泣いたのか自分でも不思議だし、……すごく嫌だな。なんか、泣くのってずるい。
「なーんかあったんでしょー」
「ちょっとわたしの子どもっぽさを痛感しちゃって」
「いやいや子どもじゃん」
「そうだけどさあ…」
まだ高校1年生だし子どもだけど、子どもだけど…。大人になりたいっていう考え自体が子どもっぽいんだろうけど、でも、やっぱり大人になりたいなあって思うんだ。そうしたら、あんな程度のことで泣かずにすんだかもしれないもの。
むっくんの席、かばんがなくなってる。ってことはちゃんと保健室行ってくれたのかなあ。それならよかった。…余計なお世話、だけど。
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委員会、思ったより長引いちゃったなあ。友達は自分の仕事終わったからってさっさと帰っちゃったし。薄情者ー!
「お、橘?」
「福井先輩!と氷室先輩に劉先輩に岡村先輩!こんばんはっ」
ちょうど部活が終わったあとなのかな。前見たときより部員さんがいっぱいいる。前も思ったけど、こんな時間まで練習って大変だなあ。それだけ気合いはいってるってことだよね。
「ずいぶん遅い帰りなんだね」
「えへ…委員会の仕事をのんびりやってたらこんな時間になってしまいまして…」
「女の子が夜道をひとりで歩くのは危ないアル」
「近いから大丈夫ですよ!」
「大丈夫じゃないアル」
えー…!でも歩いて10分もかかりませんし!
わたしの主張むなしく、これからは気をつけるアルと言われてしまった。反論できない。こんな田舎だし大丈夫だと思うんだけどなあ。
「それじゃあオレが送ってくよ」
「あ、ずるいアル」
「へっ!?」
いやいやいや!部活終わりなんだからもっと部員さんとわいわいしたいところだと思うしそんな迷惑かけたくない。というか歩いて10分かからないんだし全然大丈夫だから!
大丈夫ですオーラを頑張ってだしてみようとしたけど、氷室先輩はにこりと微笑むのみだった。あ、これだめな感じ。
「でででもわたしは本当に大丈夫なんで部員さんたちともっとほら…交流?を…!」
「よーしお前らー、さっさと帰るぞー」
「…ということだから」
「どういうことですか!?」
あわあわしているうちに福井先輩はさっさと帰ってしまうし、もちろん岡村先輩も劉先輩もそれについていく。部員さんたちもばらばらに帰っていって、わたしはひたすらぽかんとしていた。え、どういうこと。
「あ、あの、氷室先輩、なんかごめんなさい…」
「やえちゃんが気にすることじゃないよ、それに劉の言ってることは正しいからね。女の子がひとりで夜道を歩くのは危ない」
「だ、大丈夫ですよ〜…」
むすっとしてみたけど、氷室先輩は相変わらずにこにこしたまま。なんかいいなあ、そういう、余裕があるって感じ。わたしも余裕のあるひとになりたい。そしたら、そしたら。
「それで、何かあったのかい」
「え?」
「すこし様子が変だったから、何かあったのかと思ったんだけど…違ったかな」
ふと思い出したのはむっくんのこと。でもたいしたことないし、くだらないことで、子どもっぽいこと。
氷室先輩はすこしかがみ、黙って俯いてしまったわたしの視線とぶつかる。
「大丈夫だから、話してごらん」
「…ほんとに、たいしたことないんですけど」
むっくんの熱のこと、すこしきついことを言われたこと。そのあとに泣いてしまったこと。その話をしたあと、一瞬だけ氷室先輩の目が鋭くなった気がしたけど、すぐにさっきと変わらない微笑みをうかべる。
「わ、わたし、いつもならこんなことで泣かないはずで」
「うん」
「だから、…なんか、めんどくさい子って思われそう。それってすごく嫌で」
「うん」
わたしが何かを言うたびに相槌をうってくれるものだから、どんどん言葉がでてきてとまらなくなる。
「どうしてめんどくさい子って思われるのが嫌なのかな」
「それは、……」
どうして、なんだろう。考えたこともなくて頭が真っ白になる。どうして泣いてしまったことが嫌で、めんどくさい子って思われるのが嫌で、子どもっぽい自分が嫌なのか。いつもなら流せるはずの言葉を流せなかったし、なんだか変だ。余計なお世話だとかお節介だとか、そんなの言われ慣れてる。ああでもそれって友達だからなのかな。そんなこと言っても本心からじゃないってわかるからなのかな。
わかりやすいなあって思っていたけど、考えだすと全然わからない。でもむっくんがああいう冗談を言うタイプだとは思えないし…。どうしよう、全然わからない。
「…やえちゃん、大丈夫?」
「ちょ、ちょっと待って…ください」
「うん」
話しているときに何を思っているかとかはそれなりにわかりやすかったけど。じゃあそれ以外の、紫原敦という人物をわたしはわかっていたんだろうか。そんなことない、全然知らない。それってすごく寂しいような、軽くショックをうけた。…どうして、なんて考えずとも、すんなりと言葉が降りてくる。
「…先輩、わたし…むっくんのこと、好きです」
気付いてしまえば今までの“どうして”に説明がつく。それと、むっくんのことを全然知らないんだってことに気付いて、もっと知りたいって思うことにも。なんとなく顔が見れないことだって。思い出せば、いくらでもでてくる。
…でも知りたいって思う権利なんてあるのかな、だってむっくんはわたしのことが嫌いなのかもしれない。そうしたら、これ以上関わること自体が迷惑で、めんどくさいこと。
「ど、どうしたらいいんでしょう、これ…」
「今は大事にしていたらいいんじゃないかな」
「で、でも」
「いいんだよ」
それにね、アツシは素直じゃないんだよ。口の前に人差し指をもってきて、氷室先輩はいつも以上ににこやかに笑った。
( にがい病気 / 131212 )