「なんだ、これは」

 駅で偶然出会ったので、そのまま三成くんと一緒に登校をして、今に至る。下駄箱の状態を見て、ああそういえば今日はバレンタインだったと思いだす。どうせ三成くんはたくさんもらうでしょう、そう思ってバレンタインは何もしないと決めたのだ。そもそも、受け取ってもらえるとも思っていない。

「…名前、これは新手の嫌がらせか何かか」
「いやいやいや。これ、全男子が羨む光景だからね」
「上履きを取り出せないほど、下駄箱に箱を詰められたいのか…?」
「いや、今日バレンタインだし。これ、全部チョコでしょ」
「ばれんたいん…?」

 おっとそこから説明しなければいけないのか。こんな見た目でこんな性格なのだから、誰も直接渡そうという気は間違っても起きないだろう。だから、下駄箱やら机やらに大量に入ってるという光景は容易に想像がつくのだが、今まではそれを何と思っていたのだろう。
 大雑把にバレンタインの説明をすると、三成くんはとりあえず理解できたのか「ふむ」と小声でつぶやいた。

「だから、この時期になると毎度このようなことになっているのか」
「やっぱり毎回そうだったんだね…」

 その箱の処理はどうしていたんだろうと疑問に思ったが、なんとなく結果が見えてしまったため、聞かないでおく。聞いたら、三成くんにチョコをあげた全女子が泣いてしまうに違いない。それだけはやめておこう、絶対に。
 三成くんが無理やり上靴を引っ張りだそうとして、ばらばらと箱が散らばる。それを見た男の子の目に嫉妬のような色が見えたことは、とても仕方のないことだと思う。そして下駄箱を何度もぱかぱか開いたり閉めたりしている男の子は見なかったことにしておく。何度見なおしても箱は増えない。

「名前、貴様は甘いものは好きか」
「まぁ、好きだけど」
「やる」
「は?」

 今、一斉に周りの女の子の視線がわたしへと注がれた気がした。痛い、視線が痛い。ここでわーいいただきまーすと言えるほど無神経ではないし空気が読めなくはない。というか、三成くんにはこのチョコが何を意味するかをもう少し知ってもらいたい。
 わたしは全女子を敵に回したくはない。よってこれは受け取れないし、それ以前に気持ちがこもったものを、こんな。

「うん、頑張って自分で食べてね」
「…私は甘いものは嫌いだ」
「…はぁ」

 手伝いぐらいはしてあげるから、と小声でつぶやく。食べれないのなら仕方がない、捨てるよりマシだということで、チョコをあげた女の子たち。ごめんなさい、許してね。恨むなら相手の好みを把握してなかった自分を恨んでほしい。

「名前は誰かに渡したのか」
「誰にも」
「…そうか」

 一瞬笑ったような気がして、びくりとしてしまう。なん、なんだ今のは。クラスメイトをやってきて1年もたっていないが、このような顔を見たのは初めてだ。というか、このひとは笑えるのか。

「もしあげるーって言ったら、もらってくれる?」
「甘くなければな」
「そっかー」

 じゃあビターチョコがいいのだろうか。いや、チョコというより、チョコチップクッキーみたいな、チョコ要素が少ないお菓子のほうがいいのだろうか。なんにせよ、甘くなければもらってくれるかもしれない、ということだ。

「そういうこと言うと、期待しちゃうんだけどなー」
「…何か言ったか?」
「やや、べつにー!ほら、あと数分でチャイムなるよ」

 手のこんだお菓子をつくるのもなんだか恥ずかしい気がして、きっと明日明後日にはバレンタインのチョコが安売りされるだろうから、それでもあげよう。いっそ、甘くないですよと言っておいて、わざと甘いものを渡すのも手かもしれない。…なんて、そんなことをしたら来年からもらってくれなくなってしまう可能性があるが。

「…恨まれそうだなぁ」

 渡すときはこっそり渡さないといけないかもしれない。だって、もしすんなり受け取ってくれたら、それだけで恨みの対象になる。平穏無事な学校生活を望むわたしには、そんなことはできない。
 ああ、バレンタインついでに、ホワイトデーも教えてあげないといけない。そして、お返しの数に絶望してしまえばいい。想像してひとり笑っていたら、はやくしろという声が聞こえた。


卑怯者でごめんね / 130219

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