早起きは三文の徳と言う。早起きをしたほうが時間的に余裕ができ、身支度も滞りなく進む。寝坊をしてしまうと余裕がなく、どうしても焦ってしまう。その結果、朝ごはんを食べれなくて健康に悪影響をおよぼすだとか、天気予報を見忘れて傘を忘れるといった事態に陥る。
 多分傘を忘れたのはわたしだけだろうなぁと、ひとり下駄箱でぼんやり灰色の空を見ていた。携帯で天気予報をチェックすると、深夜までずっと雨マークだった。もうすこし勢いがやまないものか、そうしたら走って帰るのに。ふと息を吐き、かばんから本を取り出す。雨の日に、こんなところで本を読んでは紙が傷んでしまうかもしれないが、わざわざ教室に戻る気がおきなかった。
 だいたい、なぜ珍しく寝坊した日にかぎってこういうことが起こるのか。運が悪いにもほどがある。ざあざあと相変わらず雨は強いままだ。自分が濡れるのはまだ構わないのだが、この状態で外に出れば、間違いなくかばんのなかに入っている本が全て台無しになってしまうだろう。それだけはどうしても回避したい。

「困ったなぁ…」
「帰らないのかい、名前さん」
「……えーっと、竹中くん」

 ぱっと思い出せなかったのは、決してわたしが教室の隅っこで文学少女をやっているからというわけではない。にしても、竹中くんがわたしのことを知っているとは。…いや、同じクラスなのだから、知っていることに関して疑問を抱くほうがおかしいのだと思うが、それぐらいわたしはクラスで影の薄い存在なのだ。もちろん、自分の意志で。

「そんなところで本を読んでは、紙が傷んでしまうよ」
「う、うーん。そうなんだけどね」
「傘を忘れたのかい」
「…うん」

 ため息をつき、空をながめる。太陽がでる気配も、雨が弱まる気配もない。このままずるずる下駄箱にいても時間の無駄遣いだろうし、本が犠牲になってしまうのはわたしの落ち度と諦めるしかない。

「しかたがないね、家までおくろう」
「や、そんな、大丈夫」
「君は本が好きなのだろう?なら、ここは僕の言葉におとなしく従うのが最善だと思うのだけれど」

 ふわり、という表現がぴったりあてはまるくらい優しく微笑まれては、反論できないというもの。いや、もしここで別の表情をされたとしても、言葉も正論そのものだ。ひとことお礼を言い、竹中くんのお言葉に甘えることにした。

「いつも、どんな本を読んでいるんだい」
「えーっと…いろいろ、としか。結構なんでも読むから…」
「なるほど。僕も本は好きなんだ、よかったら今度、おすすめを教えてくれないかい?」
「あ、はい、わたしでよければ」

 こんなふうに男のひとと一緒に歩くことなんて今まで一度もなかったから、妙に緊張してしまう。しかも相手は女性顔負けなぐらい、きれいなひとときた。明日から、いろんなひとに恨まれてしまうかもしれない。
 しばらく無言のまま、傘に雨打つ音だけが響いていた。ぼたぼた、いつもは意識していない音だけれど、こうして聴いていると心地いい音だ。
 道案内以外はほとんど無言のまま、気がついたら家についていた。

「ごめんなさい、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ、それじゃあ、また明日」
「…また」

 家のドアを閉めて、すこししてもう一度開けてみる。もときた道を戻っていく姿を見て、申し訳なさと、ありがたさを感じていた。わたしにできるお礼、なんてたいしたものはないけれど、とびっきりいい本を紹介しよう。そう思い、かけあしで自分の部屋に戻った。


文学少女とレイニーデイ / 130218

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