11月9日。あの日、転校生の彼とばっちり目が合ってしまったことが全ての始まりだったように思う。クラス中の視線が集まる中、自意識過剰じゃなくて確実に、彼はわたしに対して微笑んだ。その証拠に放課後の学校案内をお願いされた。…転校生に頼まれたら断れないって、まじめに!

 晩ご飯にと作ったカレーは見事に余っている。ま、当然だけどね。量の調節できなくて、ルウを全部投入したもん!シンジ先輩に言ったら間違いなく怒られる。そしたら、シンジ先輩がいなかったからできなかったんだって文句言っておこう。あ、合格点はまだやれねぇなって言われそう。
 寮のみんなと、ご飯の時間は当然ながらばらばら。アキ先輩とかしょっちゅう海牛じゃん!そんなんだとシンジ先輩とまた喧嘩になるんだからね!

 …人のこと言えない。ラーメンばっか食べてることが突き刺さる。だってはがくれのラーメンおいしい。

 あんまりおいしくないカレーを食べながらテレビを見ていると、複数の足音が階段から聞こえた。誰だろうと視線を移してまばたきをする。現れた彼に、思わずスプーンを落としそうになった。あ、あぶなー…!

「え、綾時くん来てたの!?」
「名前っちがラーメン以外を食べてるのめっずらしー」
「たまには作るよ!じゃないとシンジ先輩が文句言うもん」
「作るよ、…ってことはそれ、名前ちゃんの手作り?」

 それ。綾時くんの視線の先にはカレーがある。こんなことならもっとまじめに作るべきだった!はいどーぞ、なんてできる代物じゃない!

「いいなあ、順平くんは。彼女の手料理がいつでも食べられるんだろう?」
「いやいや、“おいしくないからヤダ!”つって全然食わせてくんねーから!」
「そうなの?すっごいおいしそうな匂いがするんだけどなあ」

 焦る内心を抑えていると、どんどん会話は進んでいく。綾時くんと視線が合って、今度こそがっちり固まる。さすがにその視線の意味を理解できないほど鈍くないよ!

「名前ちゃ、」
「ヤヤヤヤヤダだめわたしまだ先輩に合格点もらったことないもん!」
「先輩?」
「うん、先輩すっごい料理上手なの!先輩の作る料理大好き!」

 綾時くんがすごく興味を示してくれるものだから、ぺらぺら話したくなってきた。先輩って、見た目は怖いけど本当は優しいし面倒見いいし、料理上手だし料理上手だし…料理上手!ご飯おいしい!

「へえ…きっと素敵な先輩なんだろうね」
「うんうん!それは保証するよ!」
「あー…一応言っとくぞ、綾時。男だからな」
「……え?」

 びしっ。その音がこっちにも聞こえてきた気がした程度には、綾時くんが固まった。…あれ、言ってなかったっけ?

「いや、つーかシンジ先輩っつった時点で気づけよ」
「だって料理上手な先輩って聞いたら普通女性を連想するだろう!?」
「わからなくもねーけどよ……」
「男だけど料理の腕は確かだよ!」
「うわ、名前っちわかってて言ってるだろ」

 女の子と期待したところ、実は男の子でショックってことだよね。さすがにそこまでばかじゃないからわかるよ!綾時くんは“女の子”が大好きだもんねー。…もっと広範囲だから女性って言ったほうが正しい?

「僕は女の子の手料理を期待したのに……」
「なるほどなー」

 …何、その、順平くんのニヤニヤ顔。絶対何か企んでるよね。名前っち、それを綾時に食べてもらうとかどーよ?みたいな!ていうかそれ、アイギスの口癖!

「お断りしますっ!」
「まだ何も言ってないけど!?」
「先手必勝!」
「え、俺っち負けたの!?つーかなんの勝負!?」

 こういうのは先に封じておけば怖くないってね!だいぶ減ってきたカレーを口に運ぶと、ちょっと冷めててさらにおいしくなくなった。

「…食べたいなあ。だめ?」
「…………」
「こりゃ“負け”だろ、名前っち」

 なんでそんなに楽しそうに言うかなあ、順平くん!わかってるよ、もう!そうやって頼まれて断れると断りづらいんだよ、確信犯なのかな!?

「…アタタメテキマス」
「やったあ!ついてっていい?」
「えっ!?たいしたこと何もしないよ!」
「うん、そうだとしても見たいんだ」

 …ほんとに何もしないよ!火つけて、焦げないように適当にぐーるぐるするだけ。それでもいいと綾時くんは言うもんだから、しぶしぶオッケーした。…だってなんか、緊張するじゃん。ぐるぐるするだけだけど!

「いいなあ、手料理って憧れるよ」
「お母さんの手料理食べるでしょ」
「……」

 あれ、何そのリアクション。触れちゃいけないとこだった?
 浮かない表情をする綾時くんから鍋に視線を移す。こういうとき、とっさにぱぱっと話が変えれたらいいのに。なんにも浮かばない、だって落ち着かないもん。

「ま、まあ…言ってくれたら全然作る、し…」
「本当!?」
「うっ、味の保証は全くしないよ!」

 予想以上に喜ばれたから、大慌てで予防線を張っておく。だって本当に自信ないんだもん!先輩と比べるのが間違いなのはわかってる。けど、やっぱり先輩のが圧倒的においしい。

「うん、嬉しいよ。楽しみにしてる」

 そんな顔で言われると、断る言葉なんて全部消えてしまう。嬉しいけど、すこし困っちゃうね。どういう表情をしたらいいかわからなくて、俯きながら小声で「仕方ないなあ」と呟いた。

 綾時くんは、すこし焦げたカレーをおいしそうに食べてくれた。

( 夜明けに連れてって / 140928 )

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