今日の天気はひどく荒れているらしい。雨の音が城のなかを響きわたっている。春のはじめは、暖かくなったと思いきや、雨で一気に気温がさがる。冬ほどの寒さではないものの、寒いことに変わりはない。こういう日の水仕事はつらい。仕事が終わったあとも、冷えきった手にさらに冷たい風がふきつける。両手に息をふきかけながら、無人の廊下を歩いていく。こんな雨だから、どのおかたもお部屋にこもっていらっしゃるのだろうか。

「ずいぶん、寒そうだね」
「あ、わ、竹中様!」

 いけない、前方不注意でした。竹中様に気が付かなかったなんて、無礼にもほどがある。申し訳ありませんと言うと、やわらかな笑みをたたえながら、気にしなくていいと言ってくださった。

「水仕事は大変だろう、お疲れ様」
「あ、ありがとうございます、大丈夫です…!」

 ねぎらいの言葉に、かっと頬が熱くなる。それにしても、なぜわたしが水仕事を担当していると知っているのだろう。竹中様に会う頻度は高いものの、仕事中に会ったことはないし、ましてや仕事内容を話したおぼえもない。竹中様はこの城中のひとと仕事を把握しているのだろうか。

「今日の夜は冷えるからね、体調管理に気をつけたまえ」
「はい、ありがとうございます」

 それじゃあね、そう言って竹中様は去っていかれた。竹中様が気にかけてくださったことが嬉しくて、寒さなど消しとんでしまった。ほんとうにひとの扱いが上手なかただ。このように言葉をかけていただいて、喜ばないひとがいるものか。だいたい1日に1回は会うのだが、会うたびに声をかけてくださるものだから、…すごいひとだ。
 わたしなぞ竹中様から程遠い、ただの下働きでしかないけれど、思いを秘めていることぐらいは許されるでしょう。時間差で激しく音をたてだした心臓をおさえる。この気持ちはきっと憧れでしかないのだけれど、竹中様のことを考えているだけでも、じゅうぶん、幸せです。


恋と憧れの境界線 / 130319

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