ひとは、他人の心を知ることができない。それは見えないものだから。言葉の調子でこのように感じているのだろうと想像はできても、あくまで想像でしかない。言っている言葉すべてが本心とは限らず、嘘だってつく。自分を偽ることは容易だ。
物心ついたときから親の顔色を見て育ってきたわたしは、ひとの顔色をうかがうことが特技になっていた。ぜんぜん、いいことではないのだけれど。顔を、目をみていれば、なんとなくほしい言葉がわかる。そうして自分の居場所をつくってきた。人間、自分に悪い結果をもたらすことになろうとも、優しい言葉に弱いのだ。わたしはその弱さにつけこんでいる。だから、「名前ちゃんは優しいね」みたいな言葉をかけられると、鳥肌がたった。そういう言葉をかけられる理由を自分がつくっているのは自覚しているけれども、自分の汚れた部分も自覚しているから、嫌悪感でいっぱいになった。
「考え事かい、名前くん」
「え、あ、ぼーっとしてた?ごめん」
竹中くんはなかなか感情がよめない。だから、話していると安心する。彼はわたしを優しいとは言わない。わたしに気持ちをよませないから、竹中くんのほしい言葉だってわからない。顔色をよめなくて、こんなに安心する日がくるとは思わなかった。
「僕はね、」
顔をあげると、竹中くんは笑っていた。彼はほんとうに綺麗なひとだ。これだけ綺麗なのだから、中身はえげつないのかなあ。
「名前、君が嫌いだよ。上辺だけの言葉を並べて居場所を獲得しようというその心、反吐が出るね」
もしかして、気を遣わせてしまったのだろうか。彼は聡いひとだから、わたしの考えていることがわかってしまったのかもしれない。なんとなく、わたしを優しいというひとたちの気持ちがわかったような気がした。たしかに、ほしい言葉をかけてくれるひとといるのは、心地良い。
「優しいんだね」
「君にだけだよ」
大嫌いな言葉を他人に向けるなんて、自分でもすこし驚きだけれど。竹中くんはまんざらでもないといった表情をしていた。
透過された感情 / 130310