わたしは石田くんとお付き合いをさせていただいているのだが、石田くんは少々おかしいといういことに最近気が付きはじめた。十人十色と言うものの、彼とわたしは普通のカップルとは違うらしい。全部が全部普通でないというわけではなく、たまに二人で出かけるとか、そういうことはする。ただ、わたしは普通の恋愛を知っているわけではないから、この違和感をどう説明すればよいのかわからない。語彙力が乏しいから、普通ではないらしい、としか言えない。
 石田くんは学校ではいわゆるクールなひとで、成績優秀。大谷くんとしか話しているのを見たことがないのは、たぶん彼の威圧感のせいだろう。簡単に言うと、話しかけづらい雰囲気をだしているのである。そういう空気に鈍いわたしは全く構うことなく話しかけ、友達にさんざんKYとなじられたのを覚えている。いいじゃん読めなくても。そんな石田くんとわたしが付き合うことになったとき、だいたいのひとは「冗談はよせ」「名前は現実を見ろ」などと言ってきた。失礼にも程がある。
 だがしかし、付き合ってみると、石田くんの印象ががらりと変わってしまった。彼はクールでもなんでもなかったのである。

「名前、」
「んー?」

 お前は迷子になった子どもか、とつっこみを入れたくなるぐらいに、ぎゅうと強く抱きついてくる。そんな石田くんの背中をぽんぽん叩いたり、頭を撫でたりするのがお決まりであった。石田くんは甘え下手そうだし、こうやって甘やかされることが少なかったのだろうか。よしよしと言いながら頭を撫でると、腕のちからが強くなる。

「名前、名前」
「わたしはここにいるよ」

 何を怖がっているのかはわからないけれど、石田くんはたまにこういう状態になる。最初こそ急変具合に驚き、戸惑ったものの、今はだいぶ慣れてしまった。片手で石田くんをあやしつつ、片手で読書に勤しむ。慣れとは恐ろしいものである。
 そんなだから、石田くんがなにかぶつぶつ言っていることに気が付かなかったのかもしれない。ぐらり、突然視界が傾く。突然だったため、なにかにつかまることもできず、ごつんと音をたてて床に頭をうちつける。痛い。

「…こうすれば、よかったのだ」

 息が、できない。ああ、わたし今、首締められてるんだなあとぼんやり思った。ここで殺さないで、とかそういった類の言葉を言わずに、わりと冷静に見ているわたしは、たぶん石田くんのことを言えない程度にはおかしいと思う。石田くんに殺されるならべつにいいかな、なんて常人の考えることではないのだろう。
 頭に酸素がまわらなくなって、幻覚を見ているのかもしれない。けれど、石田くんが泣いているような気がして、よろよろと頬に触れる。泣きながら殺されるのは、ちょっと嫌かなあ。とぎれとぎれに言葉を紡ぐと、正気に戻ったのか、首を絞める手が勢いよく離れた。待ってましたと言わんばかりに、肺が酸素をとりこもうとする。

「名前、すまない、私は…!」
「ん、だいじょうぶだよ」

 これでまだ一緒にいられるね。そう微笑みかけると、石田くんは泣きそうな声で何度もすまない、と繰り返した。殺されそうになって平気な顔をしているわたしは、こんなことがあっても別れる気がなく、むしろまだ一緒にいられると喜ぶわたしは、間違いなくなにかしらのネジが外れているのだろう。だからといってなおす気がないのだから、救いようがないとはまさにこのこと。
 ひたすら謝り続ける石田くんを抱きしめる。戸惑っていたようだが、最終的に抱きしめ返してくれたため、なんとなく勝ったような気がした。


精神安定剤 / 130309

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -