最近、風邪が流行っている。とはいえこれは冬恒例のものだと思う。毎年風邪が流行っていると言っている気がする。マスクをつけているひと、咳こむひとをよく目にする。もう春になるというのに、最後の一仕事といったところだろうか。…頑張らなくても、いいんですよ?
 自分の体調は自分で管理する。風邪をうつされても困るので、予防のためにマスクをつけているが、正直邪魔だ。普段マスクと縁がないだけあって、慣れないものをつけるのは面倒で仕方がない。

「あ、いろはさん!こんにちは!」
「…風邪か」
「いえ、予防です!」

 廊下で偶然会ったいろはさんに挨拶をする。わたしの聞き間違いかもしれないのだが、いろはさんの声が若干かすれている気がする。たまたまなのだろうか。

「いろはさん、いろはさん」
「……」
「いろはさん!!」
「起きている」
「いや呼んだだけですけど」

 だれも寝てるかどうかなんて疑っていません、第一目を開けたまま、しかも廊下にたったまま寝られても困る。…いろはさんならやりかねないのが怖い。
 それにしても、やはりいろはさんの様子がおかしい気がする。すこしぼんやりしているふうに感じるし、顔もいつもより赤いような。

「…額、失礼しますね」
「冷たい」
「うわ、これ、いろはさんが熱いんですよ。熱あるじゃないですか」
「熱」

 だいぶ頑張って背伸びして、なんとか額に触れる。こんなに熱が高くて、よく学校にこれたものだ。と思ったけれど、このひとはしょっちゅう校内にある五光の部屋で寝ているような気がする。よくベッドではなく、床に倒れた状態で寝ているのを見る。…だから風邪をひくのでは。

「とりあえず、部屋行きましょう」
「必要ない」
「あります!病人はおとなしくベッドで寝てください」
「病人ではない」
「は!?まあなんでもいいんで行きますよ、ほら」

 ぐいぐい手をひっぱって、いろはさんの部屋にむかう。思ったよりあっさり動いてくれたのは、やはり熱で弱っているせいだろうか。このひとは自分自身に対しても関心が薄いから、こうやってだれかが見ていないと大変なことになりそうで心配になる。
 鍵をあけてくださいといろはさんをひと睨みすると、ぼんやりしつつも無言であけてくれた。扉をあけ、そのままベッドまで背中をおす。

「はい、布団にはいってくださいね!」
「平気だ」
「知りません」

 若干不機嫌そうないろはさんを無理やり寝かしつける。熱があるとわかっているのだから、大丈夫だとか、平気だとか、そういった類の言葉は信じない。
 部屋に散乱したゴミたちのなかからなんとか水を探しだす。今度、この部屋を掃除したほうがいいのでは。せめてお菓子の袋などのゴミは片付けるべきだと思う。

「お水、ここに置いておきます。おとなしく寝ててくださいね?」
「どこへ行く」
「お薬と冷えピタをとりに。すぐ戻ります。勝手なことしたら今度からお菓子あげません」
「……!!」

 いろはさんだけには絶大な効果をもつ魔法の言葉を発し、扉をしめる。お薬と冷えピタはよしとしても、あのひとは甘いもの以外を食べない。しかし熱がでている今、甘いものは極力避けるべきである。消化にいいもの…は、食べてくれませんよね。困ったなあ。
 熱がさがったらご褒美に甘いものをたくさん作りますから、とか言って釣られてくれないだろうか。やる価値はあると思うのだけれど。
 医務室で目的のものをもらい、足早に部屋にもどる。部屋からいなくなっているかもと思っていたが、意外なことに、いろはさんはベッドで寝息をたてていた。

「ほんとうに、綺麗なひとだなあ…って、見惚れてないで…」

 できるだけ起こさないように、そっと冷えピタを貼る。しかし努力むなしく、いろはさんの目が開いた。

「ごめんなさい、起こしてしまって」
「冷たい」
「そりゃあ、冷えピタ貼りましたし」
「水」
「はいはい、あとこれ薬です。飲まなきゃ怒ります」

 薬をみて嫌そうな顔をしたものの、あっさりと飲んでくれた。これもきっと熱で弱っているせいなのだろう。いつもなら何が何でも拒否していたに違いない。

「じゃ、安静にしててくださいね。わたしは授業に行ってきます」
「っ、!」
「へ?い、いろはさん?」

 弱々しい力で手を握られてしまっては、部屋を出にくくなるというもの。測ったわけではないものの、こうして触れているだけで高熱だということは簡単にわかる。人肌恋しいといったところだろうか、いろはさんにしては珍しい。
 仕方ないですねと言いつつも内心喜びながら、ベッド近くに椅子をもってくる。ひとが熱をだしているというのに喜ぶのは不謹慎な気がするが、こんなふうに甘えてくるいろはさんは貴重だ。

「まだ熱が高いですから、寝ててください。ほら、手を握ってるんで!どこにも行きませんよ、わたし!」
「…こうしたい理由がわからない」
「わたしがわかってるんで、大丈夫です!」

 熱のせいだろう、ゆらゆらと望月が揺れている。わかってると言っても、あくまで想像でしかないし、いろはさんの感情は読み取れない。大雑把に不機嫌だとか、喜んでいるだとか、そういうものは声色で把握できるのだけれど。
 眠ったであろういろはさんをみて、思わず笑みがこぼれる。いつも隙がないのに、この姿はあまりにも無防備すぎて。ぎゅっと握られた手も、ぜんぶ、嬉しいと思ってしまう。
 でも、やはりいつも通りのいろはさんのほうが安心するから、はやく熱がさがってほしい。いろはさんのためならば、いくらでも面倒をみよう。そばにいよう。ただの、地仙の一水妹だけれど。

「思ふらむ、人にあらなくに、ねもころに。心尽くして、恋ふる我かも」


熱病 / 130304

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