今日は3月3日、雛祭りである。この学校は上流階級の者が多いため、寮とはいえ雛人形をだしているひとが少なからずいるかもしれない。わたしは家においてきたけれど。だって、雛人形を持ってきたって、荷物にしかならないんだもの。
なんて言ったら、呪われてしまうかもしれないね。とりあえず雛祭りということで、半ば義務的な意味で雛あられを口に放りこむ。
そういうわけで、中庭でひとり、いちおう雛祭りらしいことを行なっていた。
「あれ、名前ちゃん、それは雛あられ?」
「そうですけど…ってなんですか、その大荷物」
「ああこれ?誕生日プレゼントだって。ありがたいよね」
姫空木さんは今日が誕生日だったのね、はじめて知った。…というのは、同じ組の人間としてどうなのかと思ったのだが、わたしは基本的に誕生日とか、そういうステータスには興味がなかったりする。
なんて考えつつも、これだけいろんなひとが祝っているなか、祝わないのはさすがにどうなのだろう。すこし、空気が読めていない気がする。
「誕生日、おめでとうございます、姫空木さん」
「すごくあっさりしてるね、君らしいけど」
「…雛あられいります?」
「ざんねん、両手が塞がっているんだ」
たしかに。綺麗にラッピングされた箱がたくさん積み重なっている。さすが、月光組のお姫様は人気ね。
「雛祭り生まれ、ね。似合ってると思います」
「ふふ、そう?」
「それ、お部屋に持っていくんですよね。手伝いましょうか」
「ううん、大丈夫。あ、でも、これじゃあ部屋の扉が開けられないから、一緒に来てくれないかな」
「わかりました」
あれだけ箱を積んでおきながら、ふらつかない姫はやはり男のひとなのだな、と思う。普段は誰にでも優しくて、蛟さんと一緒にいるせいかもしれないけれど、なんというか、力強いという意識がない。男のひとというより、どちらかというともっと中性的な、そんなふうに感じている。
「扉、開けますね」
「うん、お願い」
どさりと音をたてて、たくさんの箱が机の上にのる。すれ違うひとみなこれに視線がいっていたけれど、改めてみても、やはりすごい。ほんとうに姫空木さんのことが好きなのだろう。気持ちがこめられていることは、だれがどうみてもわかるというもの。
「名前ちゃんからはなにかないのかな?」
「雛あられならもってますよ」
「それは雛祭り用であって、僕のためのものじゃないよね」
まあ、そうですけど。でも美味しいのに。いくつかの雛あられを口にいれる。だいたいわたしがそういうことに関心がないの、知っているくせに。だから誕生日だって言わなかったのだと思っていたのだけれど。
「プレゼントなら、たくさん頂いてるじゃないですか」
「僕は名前ちゃんからもらえれば、それでいいよ」
「酷いひと、こんなにたくさん頂いておいて」
「あれ?名前ちゃんは僕のこと、知っていると思っていたんだけど」
「まあ、知ってますけど」
このひとはお姫様でもなんでもない。まあ、言うならば偽りのお姫様なのでしょう。表面上は優しいけれど、実際のとこは冷たい。たくさんプレゼントを頂いて、上辺だけありがとうと感謝の言葉を言っていようと、ほんとうは何も思っていないのだろう。
そんなところもひっくるめて、受け入れるけれど。だって、それも含めて姫空木さんなのだから。どれだけ心が冷えていようと関係はない。
「で、名前ちゃんはなにをくれるのかな。楽しみだなあ」
「いやだから、ないんですって」
「あるでしょ?」
「はい?」
手に持っているのは雛あられだけ、それ以外にはなにも持っていない。もちろんポケットには携帯しか入っていないし、携帯をあげる気はない。
「…なにか欲しいのでしたら、また後日持ってきますけど」
「名前ちゃんは鈍いなあ」
ぐいっと腕がひかれる。こういう強引なところ、めずらしい気がする。なんてのんきに考えていると、視界いっぱいに姫空木さん。あら、あらあら。何が起こったのだろう。
「あれ?もしかして、たりない?」
「……!!」
状況が理解できて、ぼっと顔に熱がのぼるのを感じた。こういうことをさらっとやるのは、よくないことだと思います。思わず数歩、後退ってしまう。
「あはは、ほんとうに君は可愛いなあ」
「…からかうのはやめてください」
「やだなあ、本気だよ?」
「うそつき」
うそじゃないのに、そう言って姫空木さんはため息をつく。たしかにわたしは姫空木さんがどういう人間か知っているけれど、だからといって、嘘か否かを把握できるわけではない。
でも、このひとはこういうことをさらりと言ってしまうから。だから、ぜんぶ冗談として、もしくはお世辞だとかうそだとか、そういうふうに捉えるようにしている。
「何回君にキスをしたら、ほんとうだって認めてくれる?」
「、っ」
だめだ、限界、もう耐えられない。これも冗談だって、そう言い聞かせているけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。…ううん、ほんとうは、目をみれば冗談ではないことはわかるけれど、目をそらしてしまう。気づいてはいけないもの、だから。
「ご、ごめんなさい!またちゃんと、プレゼントを用意しますから!」
半ば叫びつつ、姫空木さんを押し退け部屋をでる。意外とあっさり退いてくれたから、やはりからかわれていたのだろうか、…なんて。こうして言い訳して、じぶんの気持ちを殺さなければ、わたしは。じぶんの立場を忘れてしまうよ。
気を紛らわすために、たくさんの雛あられを口にいれる。ふしぎと、その甘さが感じられなかった。
ひめごと / 130303