今日はいちだんと月がきれいだ。気温がひくい日は夜空がとても美しくかがやく。はっきり見えるオリオン座が冬を感じさせる。呼吸をするたびに白い息がもれるし、手先もひどく冷えきっているが、それでもなぜか空を見たかった。
わたしのいた時代と、今いるこの時代とではだいぶ空気がちがう。都会のほうなんてにごった空の色をしているのに"とてもきれいな晴天"と言ってしまうのだ。それに、都会からではこんなにきれいな星空は見られない。
「そこでなにをしている」
「…三成さま、こんばんは。空をながめていました」
音をたてて、三成さまが隣に腰をおろし、空をみあげる。失礼なはなしなのだが、三成さまが星空をみてたのしむということは想像できない。驚きと疑問で三成さまを見つめるけれど、それも無意味だと思い同じように空にをながめる。純粋に夜空をたのしんでいるのなら、余計な詮索は無粋というもの。
「ね、わたし、月からきたんですよ」
「…なに?」
「例えばですよ、そう言ったらどうします?」
とつぜんかぐや姫のはなしを思いだし、たずねてみる。答えなんてもともと期待していなかったけれど、案の定三成さまは黙ってしまった。質問をして黙られてしまうと、こちらも会話のしようがなくて困ってしまうのだけれど。
「月からお迎えがきたら、帰らなければならないのです」
「なんだと?」
三成さまの視線が空からわたしへと移る。このひとは本当に冗談が通じない。眼の色をみるかぎりでは、わたしのはなしを信じきっている。…まったく、ひとの話をちゃんと聞いていたのだろうか。さきほど、例えばと言ったのに。
「それはいつだ」
「さて」
「…帰すと、思っているのか」
そのことばに、ぎゅっと胸がしめつけられる。そう、これは例え話だ。例え話だけれど、いつかきっと帰らなければならなくなることは事実。どのようなきっかけでこの時代にとばされたかはともかく、わたしはこの時代の人間ではないのだから。
竹取物語はあらすじ程度しか知らないのだけれど、月に帰るとき、かぐや姫はなにを思ったのか。帰りたくないと思っただろうか。…わたしは、すこしでもながく、この時代に―三成さまのとなりに、いたい。
「その迎えとやら、もしきたら斬滅してやる」
「それはまた、物騒な」
「文句があるのか」
「ふふ、ない、ですね」
斬滅すると言っているのに文句のひとつも言わないのは、正直どうなのかと思う。けれど、自意識過剰的にとらえれば、わたしにここにいてほしいと言っているのと同じ。ならばわたしに言うことばはない。わたしの意志と、なにひとつとして違わないのだから。
「今日はもう部屋に戻れ、身体に障る」
「…そうですね」
立ち上がって三成さまのあとを追おうとしたが、足が冷えて思ったように動かない。まずいと思ったが時すでに遅し、ぐらりと視界がかたむく。気がついた三成さまが、驚きと呆れまじりにわたしを抱きとめた。
すみませんと謝るものの、なぜか一向に離してくれる気配がない。むしろ抱きしめる腕の力が強くなる一方だ。
「み、つなり、さま…?」
「っ黙れ、黙らなければその首を斬る」
べつに、離せというつもりも、咎めるつもりもないのに。それとも、照れ隠しだろうか。そう考えたら笑ってしまいそうになったが、きっと怒ってしまうだろうから、心のなかに留めておくことにした。
「ね、三成さま」
「…なんだ」
「月が、きれいですね」
これははたして現実か、それとももとの時代のわたしがみる長い夢なのか。わからないけれど、こうして抱きしめられる感触は、体温は、まぎれもない現実だ。そっと抱きしめかえすと、三成さまの肩がびくりと動いた。
真冬の夜のエトワール / 130222