無知少女と、俺。
不思議な事が一つある。
入学式から一向に埋まらない俺の隣の席。
病気で入院でもしているのかと思ったが、「月島は今日も来てないのか」という担任の困ったように吐かれた言葉。
どうやら隣の席の人は入院しているわけではないらしい。
じゃあ、学校に来ないのはどうしてか?
毎日学校をサボるほどの不良なのか。
はたまた、新しい学校で友達ができるか不安で学校に来れない弱気な子なのだろうか。
黒板に書かれた英文をボーッと見つめ、想像を膨らませる。
『まぁ、何にしろ自分に害がなかったらどうでもいいんスけど』
先生が黒板を消して次の例文を書こうとした時、後ろのドアがガラリと開いた。
何事かと振り返る俺、とクラスの全員。
扉の向こうには黒髪の大和撫子を思わせるような、かと言って女性とは言い難い少女が立っていた。
その少女は止めていた足をゆっくりと進め、俺の隣の席へと着席した。
ザワザワとしている教室内。
先生が静かにするように喝を入れて中断されていた授業が再開した。
予想していた人物像とはあまりにもかけ離れすぎていて、俺は彼女を黙って見つめる。
俺の視線に気づいた彼女は、鞄に向けていた視線を俺へと移した。
「月島しずくと言います。よろしくお願いします」
「あ、よろしくっス」
「あなたのお名前は?」
「え?」
「え?」
自分で言うのもあれだが、俺は結構知名度が高いと思う。
キセキの世代だし、モデルやってるし。
だから月島さんが冗談を言っていると思った。
が、どうやら本気で俺のことが分からないらしい。
月島さんはさっきからキョトンとした顔で俺を見ている。
「えっと、黄瀬涼太っス」
何だかとても恥ずかしくて、月島さんから視線を逸らした。
月島さんは「そうですか」とそっけなく返して、鞄の中から教科書などを引き出しに片付け始めた。
それが俺と月島さんの出会いだった。
120822