夜、手を伸ばす


レコーディングが終わって、スタジオを出て。空、真っ暗だなぁ。なんて思ってみたり、あちこちの電気、明るいなぁ。なんて見てみたり、星、明るいはずなのになぁ。なんて勿体なく感じたり。

「あれ、欲しいなぁ」

空に向けて片手を伸ばす。微かな光を届かせている星が欲しくて。

「どれ?」

肩に顎を乗せられた。あぁ、もう他の人は帰ったんだ。腰に回された手が二人きりだよ、と教えてる。

「あれ。よくない?」

伸ばしていた手で指差す。なんで欲しくなったのかわからないけど。なんとなく、あれが欲しい気がして。

「そう?」
「うん」
「奈々子はあれがいいの?」
「うん」

なんとなくだけど。今一番欲しい気がして。指差した手をもう一度広げる。近かった体温が離れていく。それは少し寂しい。だから振り向く。感じられない体温。それなら顔が見たくて。

「あれが欲しいよ」

そっか。手に入らないから欲しいのかもしれない。手に入らない、から。

「潤くん。あれが、欲しいよ」

そこまで言えば、伸ばしていた手が掴み降ろされた。掴み降ろされた手は、そのまま引き寄せられて。

「奈々子」

抱きしめられて。外なのに、とか、誰か来たら、とか、気にしたけど。

「奈々子」

呼ぶ声が甘くて。星が、月が見てるよ、なんてやけに乙女チックなことが頭を過ぎった。取られた手は、相手の胸に重なる。やけに早い鼓動が手のひらを打つ。

「奈々子、星なんかより、」

思わず見つめた顔は口元がしてやったり顔していて。なんだろう。

「星なんかより、こっちが欲しくない?」

思わず爪を立ててしまった。

「ね。これでもまだあっちのほうがいい?」

星が綺麗で、手が届かなくて、手に入らなくて、電気が明るくて、空が暗くて、色々いろいろあるのに。

「ね、奈々子。星なんかじゃなくて俺にしなよ」

潤の胸の上に置いた手が熱い。掴まれた手首が熱い。

「潤?」
「ん?ダメ?」

もう空が見えない。もう他が見えない。もう君しか見えない。

「ダメ、なんかじゃない」

星の変わりに、この手が触れているところを掴み取りたい。人工の光なんかじゃなく、君の瞳がいい。

「浮気されないで良かった。てわけで、」

さらに手首を強く掴まれた。じっと見つめてきて、なんだろう?

「爪立てるのそろそろ止めようか」

ああぁ、と変な声を上げてしまった。



fin


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