貴方がいいの
来てはいけないタイミングで来てしまったのかもしれない。酔っ払いの集団に飛び込んでしまった…。なんていうか、こう、未知との遭遇を果たしてしまったというか、井の中しか知らなかった蛙がとんでもない広さの湖に引っ越してしまった感じ?そして私を呼び出した本人が寝扱けてるっていうのが、一番腹立たしい。近づいて頬でも抓って起こしてやりたいけども。
「奈々子さんも飲みなって!」
「こら達くん。無理強いしないの」
「紳士ぶるなよ、みっちゃん」
「奈々子さん、こっち座りなよぅ」
「あー渉いいトコ取り!」
鈴木さん…目が据わりすぎ…市来さんがまだ意識しっかりしてて良かった。羽多野さんに至っては呂律もおかしい。って、わ、わっ?!引っ張られてるぅ?って抱きしめられてる?!
「奈々子さんやぁらかーいぃ」
「は、ははは、羽多野さん!」
「つかいい匂いもする。甘ーい」
鈴木さんも近すぎ!板挟みにしないでください!
「二人とも、あんまり困らしちゃだめだって。ねぇ、奈々子さん」
はい!その通りです、寺島さん!
「ホントは拓も触りたいくせに」
「まぁ否定はしないけど」
えぇぇええ?!否定しないの?普通そんなことないって言うとこじゃないの?!あーもう、酔っ払い!
「いっ市来さん!」
もう助けてくれるのは市来さんしかいない!
「そんなに僕がいい?」
だめだぁぁああ!実は素面に見せかけ、この人も相当の酔っ払いだ!
「甘い匂いってうまそうだよな」
鈴木…さん?
「奈々子さん、かぁあいしにぇー」
羽多野さん…?
「味見したいな。奈々子さん」
寺島さんまでっ!
「僕も一口」
市来さん!!
近い吐息に思わず目を閉じてしまって、しまった。これでは逆効果だ。でも、その直後、呻き声。そしてベリベリと音がつきそうな勢いで鈴木さんと羽多野さんが離れた。
「………間一髪、か?」
「と、智和っ」
泣く。泣く前に、聞く。聞くんだ。
「なんで起きれたの?」
だって爆睡だったのに。聞こえた呻き声は、なに?
「起こしていただいた」
「ギューは智和じゃないとヤなのー」
「済まない。泣いていいぞ」
よく馴染んだ声で言われて、優しく抱きしめられて、大好きな匂いがして、背中をあったかい手で撫でられて。これは泣くしかない。
視界を少しずらしたら、中村さんのような人影が見えた。
fin
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