所有欲
「奈々子ちゃん!」
「はい?」
呼ばれて首を傾げる。今しがた話していたばかりの相手はすっと笑顔を消して無表情。
「ちょっ、こっちこっち」
「はい」
近づく。まだもうちょっと、と言われてさらに近づく。うーん…角度によってはキスしてるように見える近さ。それでも、
「もうちょっと。ね?」
「はい」
ついつい素直に従ってしまう。…お兄ちゃん的な人だから……かな?なんか無防備になってしまうのよね。特になにも意識せず顔を寄せる。横から「ここでいちゃつくなよ?」と誰かのちゃちゃが入る。…いちゃいちゃ……ですか。そうですか。…兄妹の語らいってやつですね。我ながら湾曲な理解をしてるなぁ。
「あのねぇ…思考を飛ばさないの」
「あ、はい」
「っていうか、少しはこの状況に危機感を持ちなさい」
「え?なんでですか?」
「じゃないと俺が怖い目にあうから」
「なんですかそれ」
くすくす笑って、相手も笑って、なにか忘れてるような気がして、
「ところでなんの用ですか?」
忘れてるのはこれだっけ?と思いつつ聞いてみる。それでも何か別のものを忘れているような。
「や、用はないよ」
疑問符が頭上を飛び交う。じゃあなんでこんな至近距離に?
「だから危機感を持ちなさいっていったでしょう」
仕事柄特有の低い、甘さを含んだ声で言われる。なんでかわからないけど、目の前の笑顔の相手にぞくりと鳥肌が立った。それもつかの間、強い力で後ろから破壊締めされるような抱きしめられ方をした。
「なに人のものに手をだそうとしてるんですか?」
「あれ潤くんご機嫌斜めだね」
「ええ、そうですね。どこかのどなたかがジャイアン顔しているので、つい」
思った。目の前の相手に鳥肌が立ったわけではなく、
「じゅ…ん?」
「奈々子、帰ったら、な?」
つい話していた相手を睨みつければ「ほら、怖い目にあった」と口が動いた。
「潤…福山、さん?」
「どうした?他人行儀な呼び方して」
爽やかな笑顔?これは、そんな生易しいもんじゃ、ない!
「言っとくけど、俺は心狭いから。あぁ、でも奈々子が分かっててやってるって言うんなら、そういう対応もしてあげるよ」
そういう、対応?
「ま、それは1回だけにしといたほうが身の為かもな」
抱き締められたまま。戦慄が背中を一目散駆け抜けていく。目の前で笑いを堪えている相手を睨みつけた。抱き締められる腕がさらに強くなった。
fin
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