執行猶予
生真面目、かと思えばそうでもない。割とフェミニスト、かと思えばそんなことない。
ただ、
ただ、
表面上の、その場限り的な付き合いは大得意、だと思う。それが私が感じてる印象。印象、とはいっても、それはとても曖昧な区分で、全部が間違った認識だと言えてしまう
まるで霧架かったようにぼんやりとしている。ただ、彼の話す言葉は理解不能だということだけが、はっきりしている。
「奈々子ちゃん?いつまで拗ねているんですか?」
大きく空け開いた部屋、通称リビングで困った顔をしているのは智和。その正反対に座って睨みつけているのが私。好きでここにいるわけではないはず。
帰り道に拉致られました、とでも言える。拗ねて、いや、怒っている原因もそこにある。
本当なら今頃は、キャストの皆で楽しく美味しい打ち上げ会に参加中。
「奈々子ちゃん」
名前を呼ばれる度に警戒する。次に吐き出される言葉に畏れて。
「愛してるんですから。機嫌直してくださいよ」
またそうやって傷つけられる。私の機嫌を取るだけのものに、振り回される。誰にでも言えてしまえるような言葉に振り回される。質問で返事をして、自分の平常心を呼び戻す。
「それも一時凌ぎの戯れ事?」
答えが遅い
「まさか」
パァン、と小気味いい音が聞こえた。否、私が作り出した音だけど。小さなうめき声が聞こえてきたけど、それを振り払い家を飛び出る。飛び出ようとした。出来なかった。
腕を取られて。強制的に正反対に変えられる体の向き。目の前にあった玄関が、無機物が有機物に変わって。ああ、抱きしめられているのか、と。なんとなく思った。
「今回は逃がしません」
多少なり怒った物言いで。言葉通り、回された腕は痛いぐらいで──熱くて。むしろ温かいと、勘違いしてしまう。
「さすがの温厚な僕でも限界がありますから」
智和から言われてきた罠に私が答えたことは一度もない。それゆえの、保留。
二人の関係の、
保留、
停滞、
逃げ口だったのかもしれない。
「奈々子ちゃん。僕は本気じゃなかったら言えないんです。」
知ってる。違う、知ってた。初めて聞いたときから、知ってた。
「だ、って」
声が震えて、自分のものでないようで。
「私より、もっと、他の人が、いるんだよ……」
「それは僕が望む人じゃない」
いつの間にか智和の片手が自分の頬に添えられていた。反対の頬には甘いキス。
「奈々子ちゃん。最後のチャンスです」
ああ、もうダメだ。
「愛してます」
これ以上逃げられない。
fin
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