変関


お兄ちゃんって呼んでもいいよ、と笑顔で言われた日から、ずっと、そう思ってた。でも、今は。

「奈々子?どうした?」
「え?う、ううん、なんでもない」

意識を飛ばしていたことを誤魔化すように、フォークに巻きつけたパスタを頬張る。すると、一応は納得してくれたのか、それでも不服そうに流してくれた。

「ねー、にぃ」
「ん?」
「彼女、作らないの?」
「……まだまだ手のかかる妹がいますから」

妹。自分で望んだ位置だったはずなのに、チクリと胸が、痛い。

「本当の妹じゃ、ないよ」
「なんか言ったか?」
「ん?なんでもないよ?」

思わず漏らしてしまった言葉は、相手の耳に幸か不幸か届かなかったらしい。
食べ終わり席を立つ。会計に向かう潤さんの後ろで、自分もあたあたと財布を出す。食べた分の端数を払う、が‘兄妹’の暗黙の了解のようになっていたから。

それが普段。違っていたのは、今日。

「え?え?あ、あれ?お兄ちゃん?」

ありがとうございましたーという店員さんの滑らかな声で店を出された。潤さんが何も言わずに手を引っ張る。逆にその手を引っ張り、歩みを止める。

「奈々子?」
「お金。いくらだった?」
「いいよ」
「それはダメだよ!」

思わず叫んだ。暗黙の了解。それを破らないで。均衡が崩れちゃう。きっと自分じゃ潤さんの恋人にはなれないから、せめて、妹でいいからいさせてほしかったのに。

「奈々子、もう止めよ?」

ああ、やっぱり、と思うのと同時に、そんな、と驚愕する自分もいて、息を詰めた。ひゅっ、と掠れたように喉が鳴る。

「俺は限界」
「ご、ごめ…ごめ、なさ…」
「なにが?」

なにが?それは、わからないよ。左右に首を振る。手が伸びてきて、なんだか怖くて、堅く目をつむった。手は、頭を撫でてくれた。

「限界。いい加減、奈々子を恋人として見たいな」
「………え?」
「泣かすつもりはなかったんだけど、ごめんね?」

なにが起きているのか。イマイチ理解できないで目をまたたかせると、今度はゆっくりと手のひらで目を覆われた。

「ね、名前で呼んで。お兄ちゃん、じゃなくて。名前だけで、呼んで」

耳元で聞こえる。視界が真っ黒に覆われていて、その分聴覚が鋭敏になってる。まるで、声が刺さってくるみたい。

「…じゅん、さん」

唇に柔らかい感触。

「そのうちに‘さん’も取ってね」

目を塞がれたまま、上下に首を振った。



fin


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