回り道おわり
「仕返し」
寝起きで反応の鈍い私に突然の口付けをかました男は、目を細め、あの時のようなチェシャ猫のニヤニヤ笑いを浮かべた。確かに仕返しになる。相手が起きているか寝ているかという小さいようで大きな違いはあるけれども。
あの時の役の名前を未だからかう時に使われる。
「アリス」
なんでこれがからかいになるのか、と聞かれればあの頃、高校生活最後の学園祭に遡る。劇の題目は不思議なアリス。もちろんパロったもの。あの失敗さえなければ私は[可愛いアリス]で終われたはずだったのに、なにをトチ狂ったのか、ここぞという場面でつい口走ったセリフが、かの女王の有名な「首をお切り!」
アリスがなにを口走ったのか、と体育館にいた人全員が一瞬凍りついた。一番最初に我に返り笑いながら演技を続けたのがコイツ。チェシャ猫でよかった、と誰もが思った瞬間。そんなことがあってか私へのからかいの言葉はアリスになった。
では最初に言われた「仕返し」の意味は?それはアレだ。学祭の準備期間の休憩中。眠ってたコイツ。その場に私たち二人しかいなかった状況。魔がさした、誘惑に負けた、気持ちが先走った、我慢が出来なかった。寝ていたのをいいことにキスをした。隠れてした。悪戯にも似てた。からかいではなかった。気付かれていないはずだった。
「…なんで」
「知ってるか、って?それは起きてたから」
さーっと顔から熱が引いていく。ちょっとまて、ここはどこだ?床に散らばった空き缶。脇で眠りコケているのは高校時の共通の友人。なんで寝てるんだよ、と理不尽な怒りをぶつけてみるけど、まぁコイツにはなんの罪もないのは歴然としてるんだ。
なんて硬直していたら、今度はペロリと唇を舐められた。声も出せない。機嫌を良くしたのか、間違いなく良くしたのだろうけど、じゃれつくようなキスを何度も何度も繰り返してくる。一旦停止、と少し顔が離れる。
「止めなくていいの?」
どうしたいのかわからないのだから止めるもなにも出来やしない。
「じゃ俺の好きにする」
繰り返される行為。溶けていく。滑るように滑らかに。溶けていく。
スキという気持ちが溢れてく。流れてく。熱になる。想いが熱く、溢れてく。
「なぁ、奈々子。結婚しようか?」
付き合う、という過程はすっ飛ばされた。再度固まれば、潤はニンマリと笑って、
「好き、愛してるよ、奈々子」
と、また唇に軽く触れてきた。
fin
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