胸を貸して


精一杯背伸びして。大人のふりして。それでも足りなくて。手を伸ばすのを諦めた。やっぱり苦しくなったけど、やっぱり楽になった。

「奈々子?」
「……うん」

一人でいたら考えてしまうから。考えたくないのに思い返してしまうから。揺り起こしてしまうから。ひっそりとゆっくりと、吹き消したのに。

「なんかあった?」
「ナイショ」

高校あたりから続く悪友とも言える相手の家に乗り込む。内緒だと笑ってはみたものの、限りなく力のないそれは上手くいかなかったに違いない。相手は訝しげにしていた顔をさらに曇らせた。

「とりあえず座れば?」

中に通されて、並んでソファーに座る。少し甘えたくなって体を凭れさせた。至って普通に受け入れられた。思わず呟いてから、後悔した。

「成一を好きになれば良かった」

あぁ、ダメだ。言ってはいけなかったのに。少し体を離して見れば、ほんの少し、歪んだ笑顔を浮かべてた。

「……ごめん。なんでもない」

だから忘れて。
大人のあの人に合わせて造り上げた自分は滑稽だ。滑稽なうえに脆い。すぐに仮面は剥がれ落ち、考えなしの子供が顔を出す。この状況だと、軽く受け流せる言葉じゃなかった。

「奈々子、」
「ごめんね。やっぱり帰るよ。迷惑かけちゃったね」

なにかを言いかけた成一を遮って、体を起こそうとしたら、頭を押さえられた。それだけじゃなく、抱きしめられていることにも気づく。あんまりにも安心しきっていたせいか、そこまでに時間がかかった。頭の上に成一の頭。

「泣いた?泣かないとダメだって」

高校のときからよく言われた。いろんな人から言われた。泣かないことを意識していたわけではないのに、周りからすれば痛いぐらいに泣かないらしい。

「辛くない?そんなことないだろ?泣いちゃえ」

どんどん視界が滲んでく。そういえば、泣けと言われて、本当に泣いたのは成一の前でだけかもしれない。

「いい子いい子ー」

子供扱いされてるはずなのに、次から次に零れる涙は、柔らかく押し当てられた成一の服に吸い込まれていく。

「あのさ」

頭を撫でていてくれた片手も背中に回された。

「さっきの、少しは本気で言ってくれた?」

唐突な質問に涙も止まる。顔を上げれば、やっぱらちょっと困ったような笑顔。

「少しずつでいいから今度は俺を好きになってよ、奈々子」

新しい恋見つけた?



fin


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