眠れない夜は
夢を見た。一瞬にして忘れてしまったけど、怖かったようなことは覚えてる。焦らされるような、追いつめられるような。一人でいたくなくて、部屋のドアをそっと開けた。リビングに置いてあるソファー。そこに身を沈めて眠る人物の名前を呼ぶ。もちろん、寝ていることはわかっているから声を抑えて。
「………成一」
返事があるなんて、思いもしなかった。
「どうした?」
立ち上がる人影。部屋は黒い影を全体に落としているのに、迷わず、ふらつきもしない足取りで、簡単に私の前に立つ。
「奈々子?泣きそう?」
「夢、一人でいたくなくて、ごめん。ちょっと混乱」
手を伸ばせば抱きしめられた。その暖かさに顔を上げれば口づけられた。触れ合うだけの、暖かいキス。
「大丈夫。怖くない、怖くない」
背中に回された腕の力が強くなった。少し震える体に気づかれたのかもしれない。少しして、今度は成一も一緒に、ベッドに戻らされる。
「いるから、大丈夫」
瞼に額に、キスの雨が降ってくる。飴のように甘い気配に包まれる。それはオブラートよりも暖かくて安心できた。
「眠くなってきた?」
「やだ」
少し眠気が戻ってきていたけど、素直に言ってしまえば、さっさとソファーに戻っていってしまいそうで。嘘を言った。
また甘いキスが降ってきた。額、瞼、そして今度は唇。触れるだけのキスは、どんなお菓子よりも甘い気がする。
「子守歌とか唄おうか?」
「余計に目、覚めちゃいそうだよ」
「それはどんな意味で?」
「もちろん良い意味」
少ししか離していない唇の距離は、触れるか触れないか、絶妙な位置。
「よっ」
横向になって、二人額をくっつけて寝ていたのに、抱きしめられたかと思えば勢いがついて動かされた。苦しくないのかと思う。仰向けに寝転んだ成一の上にうつ伏せで寝転ぶ体勢になっている。
「びっくりした?」
イタズラ成功とでもいうように舌を出すから、わざとそこに歯を立てるようにキスをする。
そこからまたじゃれるようなキスを繰り返す。
「奈々子、寝ないとまずくない?朝早いんじゃなかった?」
「う…ん」
近寄ってきていた睡魔が強くなって、目を閉じれば普段より早めの鼓動が聞こえる。
「俺の心臓の音が子守歌代わりってことで」
もう瞼を開ける気力も、喋る元気もない。最後に頬にキスされた。
「おやすみ、奈々子」
fin
- 37 -