嘘偽りなく
約束、
しよう。
針千本じゃなくて往復ビンタで許してあげる。
約束だよっ。
そんな約束をしたのはいつだったのかな。コテン、とテーブルに頬を擦りつける。ひんやりとした温度が自分の熱を掠っていく。このまま気持ちも奪っていってくれればいいのに。まさか、あの約束を本気で守るとは。自分の律義さにびっくりだよ、全く。往復ではなかったけど。でも、叩かれたアイツの顔。
なんであんな顔…
なんであんな泣きそうで
なんであんな悲しそうな。
それは私の…。
もういい。もう忘れよう。楽になりたいから。
控え目にチャイムが鳴った。誰だろう、と相手を確認せずにドアを開けるのは自分の悪い癖だ。だから開けてから後悔する。
「はいはーい」
「や、あの、ただいま…」
高速を軽々と飛び越え、高音速で再びドアを閉める。が。ドアの隙間に足。そして手。どう考えたって力負け。
相手の頬はまだ赤くて、なんだか罪悪感。たった今忘れようとしてたのに。
「あのですね…」
何か言おうとする口を両手で塞ぐ。
「聞きたくない」
「もう…智和いらない」
何を言ってるんだろう、私の口は。みっともない。カッコ悪い。女々しい。はしたない。
押し入ってきた智和の手が腕を掴んだ。そのまま玄関に鍵をかけた智和は無言。引き摺られるように部屋の奥に入っていく。足に力が入らなくなって、床に座り込む。腕は変わらず掴まれたままで。
少し
痛い。
「俺はいらないですか?」
「だって──」
約束を破って浮気したのはそっち。そう繋げようとした言葉は、喉が張り付いたみたいに痛くて音にならなかった。
軽く息を付いた智和が目を合わせてくる。真っ直ぐ過ぎて、辛いよ。
「浮気、してないですよ。というより俺がするはずないんですけどね」
「あの人迷子だったんです。信じてもらいます」
なんだか変な日本語に呆気に取られる。
『もらいます』
「ど、やっ…て?」
「こうやってですね」
首筋に近づいた口。鈍いような鋭いような痛み。なにをするのかと思いきや、更にそこを舐められた。
「誓い直して」
「バカ……」
呆れてしまう。それでもさっきまでのドロドロとした感情は何処にいったのか。
掴まれていた手が自由になって、そっと叩いてしまった頬に触れる。
「智和叩かれた損じゃん」
「奈々子泣かせた分です」
「カッコつけ」
「奈々子にだけです」
「ごめんね」
「謝る必要ないです」
「愛だよ」
「知ってます」
叩いた頬に今度は手ではなく、自分の唇を押し付けた。
fin
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