心の距離に似てる距離
チラリと見たら合った。
下を差すから向かおう。
チラリと向かい側のホームを見たら、知っている顔と目が合った。
下に向かって指差すから、とりあえず上ってきた階段を下りて、下に向かおう。
今から仕事か、と眠たい目を擦りながら階段を上がる。下り線。あー電車は空いてて良かった。そう思いながらチラリと向かい側のホームを見たら、なんて驚き。知っている顔と目が合った。
「諏訪部さん?!」
思いもしない遭遇に、名前を叫ぶ。慌てて口を押さえる。そしたら笑いながら下に向かって指差すから、とりあえず上ってきた階段を下りて、下に向かおう。
「久しぶり」
「お久しぶり。なんでいるんですか?」
「いや、俺のセリフだって。奈々子ちゃんこそ」
「私はココ、最寄り駅ですし、今から仕事なんですよ。で、諏訪部さんは?」
「さあ。なんでしょう」
意地悪く笑うそれにムカついて、足の三つや四つでも踏んでやろうかな、と試行錯誤してみる。躊躇うこともなく、気を使うこともなく、戸惑うこともなく、迷うこともなく、狂うこともなく、外すこともなく、その計画は相手が体一つ距離を取ることで終わった。
「何しようとしてたんでしょうか…奈々子ちゃん」
「さぁ」
一拍置かずに、間髪入れずに答えて、ほぼ条件反射とでもいうぐらいに視線を逸らす。
「ったく」
それから二言三言言葉を交わして、お互いのホームに戻る。そうしたらまたホームで目が合って泣きたいぐらい嬉しくなった。
だから……
相手の方が早かった。キィーと派手な音を立ててホームに入ってくる上り線電車。あぁ、そこで止まってくれないと見えなくなっちゃうよ。泣きたいぐらい悲しくなった。最後にバイバイって手を振られたから振り返してみた。そうしたらそれは相手の目に届くことがなかった。電車に隠れる寸前に私を見ないで横を見ていたその視線。
そうやって大切な人を映してる。
泣きたいぐらい切なくなった。ツンと鼻の奥が痛くて、目頭が熱くて、それでやっと泣いてるんだと思った。
悔しくて、悲しくて、切なくて、諦められなくて、愛しくて、寂しくて、微笑ましくて、複雑になった感情は高まるだけ高まって。やっぱり無茶苦茶だったとしても、足の五つや六つぐらい踏んでおけばよかったかもしれない。それぐらい大好きで。
だから……まだ諦めないでいてもいいですか?
fin
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