不安の心配
切ない恋なら知らなくて良かった。辛い気持ちなら知らなくて良かった。苦しい想いなら知らなくて良かった。
怖くて電話に出れない。恐ろしくて電話を掛けれない。不安で会いにいけない。心配で会えない。
逃げて逃げて逃げまくって。逃げれない。
家まで来てくれたのを無下には出来なくて、中に招く。久しぶり。会いたかった会いたくなかった。
「捕まえた」
部屋に入って直ぐさま抱きしめられた。あくまで爽やかに言われた言葉は、私の頭の中で呪縛のようにグルグル回る。反射的に声が出た。
「やぁっ…!」
「何が嫌?」
自分の出した言葉に混乱して、自分でもよくわからない。
「嫌、嫌なのっ、嫌ぁ!」
捕らえられた体を離せと身を捩る。健一が眉を顰めたのが分かったけど、どうしようも出来ない。
「何がっ、嫌なんだよ?」
「わかんなっ…も、嫌」
ボロボロぼろぼろ泣いて、困らせてる。困ってる。そうやって嫌いになってくれればいいのに。そうなったら私は、あなたを困らせた罰を甘んじて受けれるから。健一を失くすという罰を。
「奈々子!!っ…何が、嫌なんだよ!」
咆哮のような問いに、肩を竦める。暴れていた動きを止める。その隙をついて、なお硬くきつく抱きしめられる。無理矢理にでも一つに合わさろうとしているみたいに。
「俺は奈々子がいないと嫌だ。だから、頼むから離れてくなよな」
「健一…」
頼むよ、という震える声。消えそうな小さな声。ほら、そうやって私の心に絡まった悲しみを解いてく。
解いていくくせに、
「何が、嫌?俺?なんか、した?治すから、だから」
離れていくなよ。そう続くであろう台詞に、胸が締め付けられる。抱きしめられているのに不安になる。いつか置いて行かれるのは自分なのではないか、と思ってしまう。そんなにも、苦しくて辛くて切ない覚悟は、きっと私には出来ない。
「健一っ、お願っ……離れていかないでよ───お願いだから、怖いよ」
自分からも、しがみつくように健一の背中に腕を回す。これ以上不安が広がったら、自分が飲まれてしまいそうで、怖いよ。
「当たり前。鈴村健一を甘くみるなよ?奈々子のバカ」
被さってくるような熱が温かくて、少し胸の痛みが治まった。
このまま時が止まってしまえばいいのにと思った。
fin
- 64 -