*風邪をひいたら*
*杉田 智一*
夢を見てる。それだけは分かる。それが現実かどうか分からず、現実であって欲しくなくて、声を上げる。
「嫌」
「何が嫌なんだ?」
思いがけず返答があってパチリと目を開ける。薄暗い室内で、段々と慣れていく。
「智和?」
「以外に見えないとは思うが」
「智和だ」
こっちの顔を覗き込むようにしていた智和が呆れたように息をついた。それに差もなく、ひんやりとしたものが頭に乗せられる。
「タオルで悪いな。熱冷まシートが見つからなかった」
「どこやったっけ?」
熱を出して今日一日ベッドの住人だったことをようやく思い出す。さっきのは風邪の時にだけ見る悪夢だったんだろう。
「探しておくから奈々子は寝ていろ」
絞りなおされたタオルが再び乗せられる。
「タオル熱くなるの早いよ」
「お前の熱が高すぎるんだろ」
そうかな、ととぼけることも出来ずに、智和の顔を見上げる。
「なんだ?誘ってきても今の奈々子には手は出さないぞ?」
………バカ。
*神谷 浩史*
息苦しくなって目を覚ます。ひどく喉が渇いてる。上半身だけを起こして、窓の外を覗けば、明るかったはずの世界はすでに夜の帳を落とした後だった。
「なんだ奈々子、起きたか。水飲むか?」
「ん。飲む」
ん?飲む?え?誰今の?もしかしなくてももしかするんじゃない?
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、」
「なんだよ?」
ドア向こうから物音。そして声。
「浩史、さん?」
「以外に誰だと?」
「いや、いやいや、他候補なんてないですが、あのですね」
「なんで居るんだって?」
コップを持って本人登場。
「俺からの電話は絶対出ろっつったよな?」
「はい…出られなかったら必ずすぐさまコールバックとも」
「昼に電話したんだけど?」
寝てたし!
「これ、何度目だと思ってんだよ?」
「………ご迷惑おかけいたします」
自己管理ぐらい出来るようになりやがれ、と頭をはたかれた。
「電話に出ないたびに心配しなくちゃなんないだろ」
デレた!
*鈴村 健一*
必死で玄関の鍵を開けて、フラフラとソファーベッドに倒れ込む。でも、なんかソファーベッドの感触とは程遠い?
「帰ってくるなり熱烈な抱擁だな」
んん?
「って、奈々子あっつ!?」
考えること数秒。
「健一?」
「オ邪魔シテマス」
なんで片言だろう、と首を捻る。今日来るって言ってたっけ?とか、合鍵渡しておいて良かったとか、頭を過ぎる。
「あのな…今の状況わかっとる?」
「発熱してる」
「そうだけど、そうじゃない」
「えっと、いらっしゃい?」
「ちゃうわボケ!」
あれー?
「もうええ。薬どこにあんの?」
器用に自分と上下を入れ替えた健一が立ち上がって離れていこうとするから、反射的に服の裾を握る。引っ張られたことで振り返った健一の手で視界を塞がれる。
「とりあえず奈々子は寝てなさい」
暗くなって、眠気がすぐにやってきて、声が遠くに聞こえた。
*保村 真*
冷たいものが額に触れた。少し、呼吸が楽になった。
「奈々子寝てる?」
「起きてる」
「寝れない?」
「熱い」
「そりゃあ、発熱してますし」
自分の手を額に持っていってみれば、指先に柔らかいものが触れた。
「冷えっ子さん…」
「それだと商品名変わっちゃってるけど、間違ってはいない、か?」
「真にしては気が利くというか」
「いやいやいやいや、普通だから」
言ってみただけですー、と憎まれ口を叩いてから、尋常じゃなく喉が渇いてることに気付く。
「水飲みたい」
「スポーツ飲料もあるけど?」
「じゃあそっちで」
じゃあちょっと待ってて、とキッチンに向かうのを見送る。まめというか、これは甲斐甲斐しいよねぇ、と思いながら背中に声をかける。
「口移しで飲ませてくれてもいいよ?」
瞬間、盛大にむせ返る真の声が部屋に響いた。
*吉野 裕行*
「熱い」
ムクリと起き上がってキッチンへ向かう。水でも飲まないと干からびる気がする。
「で、なんでいるの?」
「は?合鍵」
「いや、来ちゃダメって言ったよね?」
「ほら水」
「ありがとう。じゃなくて」
近寄ってきた裕行の手が伸びてきて、こっちのおデコに触れる。
「あっちぃ」
「だから、」
「オラ、飲んだらさっさとベッド戻れ」
「あの、だからねっ」
強引に手を引かれて、連れて行かれたベッドの前。そうじゃなくて、と言い募ろうとすれば、これまた強引に抱き寄せられて裕行共々、ベッドにダイブ。
「怖いわ!」
「奈々子が大人しく寝ねーのが悪い」
「そうじゃくて!」
「なんだよ?」
「熱!風邪!うつるでしょ?」
「汗かきゃ平気だろ」
だから寝ろ、と背中を撫でられ、不覚にも安心して眠ってしまった。
*end*
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