お持ち帰りで


「いらっしゃいませー」

御予約のお客様ですか?と言いかけて相手を見れば、不覚にも手にしていた予約リストのファイルを落っことした。しかも足の上にちょうど角。地味に痛いし。今日予約入ってたの?!目の保養になるけど心臓に悪いうえに、心の準備がっ。

「こんにちは、奈々子ちゃん。今日予約してないんだけど、空いてるかな?」
「ちょっ、と、待っててください」

赤くなった顔を下に向けて、拾い上げたファイルを開く。

「大丈夫、みたいです。どうぞー」

イスに案内して担当交代。あーまだ心臓は大嵐の大暴れだよ。

「奈々子、顔赤いぞー」
「うるさい。だって突然なんだもん、岸尾さん」

同僚が話しかけてきた。視界の端に岸尾さんが映るか映らないかの位置に立つ。

「まだ諦めてねーんだ」
「当たってないのに諦められないの」
「あっそ」

自然に途切れる会話。一瞬でも両目に岸尾さんを映したくて首を動かせば、予想外にも鏡越しの岸尾さんとバッチこい!と目が合った。慌てて逸らしたいけど、体は正直なもので、顔は笑顔を作って、手はひらひら振れていた。なにやってんの?!ゆっくり視線をずらして、同僚に視線を動かす。やっぱりだ。今のコイツにまでバッチこいで見られた。あれ…なに睨んで…。視線を辿る。また岸尾さんと目が合う。あれ?

「なぁ。…俺じゃ駄目なのか?」
「え?な、に言ってんの?」
「本気。…なぁ」

でも、私が好きなのは岸尾さんで、でも岸尾さんはただのお客様で、あれ?叶わない…恋、なんだよね。自覚したら涙が出てきた。今は仕事中なのに、なんてことは頭からすっ飛んでて。俯いて、声を出すことなく、暫くそうして、何分経ったのかも分からず、周りの声だけ聞いてた。

「奈々子ちゃん?会計、いい?」

泣いてることも忘れて顔を上げる。一気に岸尾さんの表情が険しくなった。

「お会計、ちょうどいただきます」
「お店の中じゃあれだしー、おいで」

同僚を仰げば、行ってくれば?と。お言葉に甘える。

「奈々子ちゃん、大丈夫?」
「…はい」

口に手を当てて岸尾さんはなにやら考え始めた。なんだろ?

「放し飼いはもう止める。いい加減虫がしゃしゃりでてきたし」

言ってる意味がわからないけど、聞き返せる余裕もない。

「奈々子ちゃん。諦めて」

「俺だけのものになりなよ?」

また涙が溢れてきた。それでも悲しくはなかった。



fin


- 73 -

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -