仲良くしましょ
見慣れた後姿。駆け寄って、近寄って、忍び寄って、通り過ぎ、すれ違い様に、
「隙あり!」
頭をはたいて逃走。驚いた声と、舌打ちと、そしてさらに続く、
「奈々子!」
怒声。
「いや、私一度突っ走りだしたら止まれない子だから!」
待て、と言われる前に、先手を打つ。
「猪かお前は!というよりも、今この状況でそれは語弊があるだろ!」
ああ、なんて冷静な突っ込み。そして、声が離れていかないのは、やっぱり追ってきているのだと思う。でも、ここで負けるわけにはいかない!
角を曲がる、角を曲がる、角を無視する。次の角は曲がる、と見せ掛けの直進。でも、やっぱり曲がりたいからUターン。
「うおっ!」
案の定、距離が詰まっていたらしい。こっちの突然の方向転換に驚いている横を駆け抜ける。
「裕行のばかー!」
もちろん捨て台詞は忘れちゃいけない。
「俺がなにしたってーんだよ!」
「無自覚ばかー!」
息苦しいのと、息苦しいのと、今回のきっかけと、息苦しいのと。大方、息苦しさで込み上げてくる涙を我慢して走る。辿り着いた先、運良く下にいたエレベータに駆け込む。早く早くと閉まるボタンを連打して、
「捕まえたからな」
ターイムアーップ。二人を乗せ、エレベータの扉が閉まった。
「んで?奈々子、言うことあるだろ?」
「裕行のばか」
「まだ言うか」
「だって」
「人がせっかく会いに来て、それをわざわざ家ん外で待ち伏せして、あの仕打ち」
デスヨネー、と心の中で誰かが同意しちゃってる。いやいや、ちゃんとした理由あってだよ?
「だって聞いちゃったんだもん」
「なにを?」
「友達の友達が裕行と同じ仕事なんだって。それで、裕行と同じ仕事の人と裕行が付き合ってるんだって」
「つまり、俺が二股掛けてるって?」
呆れた声で要訳されて、こっちはもうシュンと、縮こまるしかない。
「信じたのかよ?」
「信じてない。けど、そういう噂されるだけのことあったのかもしれないって考えたら、腹が立ちました」
「お前は…。結局のとこ八つ当たりかよ」
「だから最初に、隙ありって言ったじゃん」
「あれか!わかりにくいっつの!」
「隙見せる裕行が悪いんじゃん!」
「俺としては見せた覚えはないんだよ!」
「普段は猫みたいに威嚇しまくりなのに!」
「だから女では奈々子以外には警戒心いっぱいいっぱいだっつの!」
そう言って裕行が目的の階数ボタンを押す。到着までしばしの無言。到着して開くドア。
「なんだ。結局、裕行大好きじゃん、私のこと」
「いまさらなこと白々しく言うな、バカ奈々子」
はいはい受け流す。エレベータを出るときに自然に繋がる手。これで、今日のケンカは、おしまい。
*fin*
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