夢のなかへ



そばにある温もりが心地よくて、うっすらと開けた視界にそれを収める。寝る前のことを思い出して、初めてはとっくの昔のようなものなのに、恥ずかしくなる。それでも、慌てて離れない程度には、慣れたとは思う。そこまで思って、またゆるゆると視界を閉じる。

「奈々子?」

囁くような、小さな声で名前を呼ばれた。窺われているような気がするけれど、閉じたばかりの目は、そう簡単には開けられないみたいで。それでも、起きてるんだよ、と伝えてあげなくちゃいけない気がして、うん、と言葉を返した。それがちゃんと音になったのかはわからにけど、満足そうな声でまた名前を呼ばれたから、きちんと届いたみたい。

「寝ぼすけ」

笑いを滲ませた声。うん、そうだよ、今日は寝ぼすけ。自分の仕事がないのは今日ここに来た時点でわかりきったことだし、浩史さんに今日仕事がないことも確認済み。ゆっくりできる時にはたっぷりと。

「ま、いいけど」

起きてるはずなのに、遠くはならない温もりに安心する。ドキドキする。相容れないはずの気持ちに、戸惑うことはなく、むしろ、幸せだと、思う。

「奈々子」

なんだか、今日は朝からいっぱい呼ばれる、なんてことを思ったら、少し強引な力で体が動かされた。ドクドクと動く心臓の音が、聞こえていた音が、自分のものだけではなくなった。二人分のそれが聞こえてくる。そばにあった温もりは、ぶつかって流れ込んでくる。

「奈々子」

抱き寄せられたのか、と認識したときには、また名前を呼ばれていた。

「どっか出かけなくていいの?」

鼓動の音は少しだけ、自分のほうが早い気がする。前に、自分ばかりがドキドキしていてズルイ、と拗ねたときに、浩史さんが俺のほうが大人なんだよ、と言っていたことを思い出した。もしかしたら、その差なのかもしれない。7つの差はこんなところにまで出てきてしまうのか。

「あーでも、出かけんのも面倒だな」

長い、といっても、肩より少し下程度の髪を撫でられていく。柔らかい手つきに、浩史さんがこっちを起こそうとしているのか、寝かせようとしているのかがわからない。目を閉じているんじゃ、浩史さんの表情もわからない。でも、そうは思っても、髪を梳く手の温もりが、抱えられた腕の温もりが、まだ目を開けるなと言っているようで。

「このまま寝てるっていうのもアリだな」

そういえば、浩史さんはいつから起きていたんだろう。聞きたいのに、口が動いてくれない。体に力が入らないから、もういいや、と聞くことを放棄。そんなことよりも。

「にしても、お前、無抵抗すぎだぞ?」

額に、頬に、瞼に、キスされているのは分かる。無抵抗すぎると言われても、浩史さん相手なんだから抵抗の必要はないと思うし、やっぱり、どうしても体に力の入らないままだから、仕方ない。もういい加減に自分も起きてしまおうとしても、かわらず与えられている温もりが良しとしてくれない。

「俺ががっついてたらまた食われてるぞ」

少し考えてみたけれど、それもやっぱり浩史さん相手なら問題はないんじゃないかな。言葉にする代わりに、限界まで浩史さんに擦り寄ってみる。息を呑んだような声がした。

「奈々子、お前なー」

頭を目一杯優しく小突かれた。たった一回のそれは、またすぐに髪を梳く動作に戻っていく。

「俺の我慢とか、分かってないだろ?」

がまん?大人だから?なにに?いろいろな疑問が頭のなかを弾んでいるけど、どうしても声がでない。それに、そろそろ本格的にまた眠くなってきた。

「まだもうしばらくはいいけどな」

引き寄せられたときにズレてしまった毛布が掛け直された。なおさら温かくなった体に、眠さへの抵抗が限界を訴える。

「とりあえず今日は寝なおすぞ」

おやすみ、という浩史さんの言葉で、意識が夢の中へと落ちていった。



*fin*




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