主演目
手を伸ばして触れたのは、透明な、透明な滴だった。ほろほろと、次から次へと、止めどなく溢れてくる滴は、そのまま地面に零すのでは勿体ない気がして、その頬に、唇を寄せた。ぴくり、と肩を揺らしたのは、あどけなさを残したまま大人になった女の子。
「ず、ずるいです」
聞こえてきた声は震えていて、性格も、見た目も、さまざまな表情さえ愛しいと思っていたのに、その声までも愛おしいと思わせてくれる。
「なんでっ、先に言っちゃうんですか?」
「先手、必勝?」
「それは絶対ちがうー」
言われて、あぁ、恋に勝つも負けるもないものな、と考えてしまった。
「渉さん。渉さん、渉さん渉さん」
「うん」
「大好きです。付き合ってください」
今の今、自分が言った言葉を、そっくりそのまま返された。本当にくやしかったのかな?と思えば、いきなり襟首を引っ張られた。前に引っ張られるそのままに、合わさったのは互いの唇。
「ちょっ、えぇ?!奈々子ちゃん?!」
「ひ、人の涙舐め取っておいて、なんでそこで照れるんですか!」
「あ、いや、だって、あれは、なんか勿体ない気がして!」
「普通そっちのほうが照れるものです!」
「そ、そんなことはないと思うんだけど」
一応ここは路上で、今はいないけど、万が一に人の通行だってあるわけだから。でも、そう考えると自分がしたことも中々のような気がしてきて。
「お互い様ってことにしない?」
「やっと気づいたかバカめ」
「なにそのヒーローを罠に嵌めた悪役っぽいセリフ!」
「この告白は甘さが足りないです」
「いや、一瞬前まではそれなりに雰囲気あったよ?」
「え、うそ?」
多分、悪役っぽいセリフが出てくる直前までは。とりあえず甘さを出すために、目の前でキョトンとしている奈々子を抱きしめてみる。公道のど真ん中で。今ほどT.Sを尊敬したことはないかもしれない。
「渉さん」
「うん」
「耳真っ赤です。おまけにちょっと小刻みに震えてます」
「甘さが足りないって自分が言ったのに!」
からかいの口調で言われて、もう!と体を離すと、目一杯背伸びをした奈々子が、肩に腕を回して抱きついてきた。
「へへっ。私が渉さんを抱きしめてあげたいだけです」
恋とは盲目。こうやって屋外であることを気にしなくなっていくんだろうな。
fin
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