カフェ勤務



*吉野裕行*

「いらっしゃいま…」

にこやかな笑顔は僅か一瞬で明後日の方向へ駆け出した。爽やかな声音は見えない何かに吸い込まれたかのように消え失せた。

「せ、はどこいったんだよ」

そんなもの遥か彼方へ葬りさられたわ!と心の中で返す。お店で働いている身として、相手が裕行でも、他のお客さんの前でそんな面白いやりとりするわけにはいかない。

「客なんですけど」
「それ以外に来るのはもっぱら悪人ですよ?」

強盗とか強盗とか、あと強盗とか。

「アイスラテください」
「2500円いただきます」
「ゼロ一個多いだろ。ぼったくりかよ」
「対限定個人用サービス料になります」
「奈々子?仕事上がり覚悟しとけ?」

あれ?もしかして私、果敢に火に飛び込んだ?



*保村 真*

「いらっしゃいま…」

店に入って来た相手を確認したら、入ってきた相手がちょっと怯んだ。

「真さん!」
「ちょっ……店員さんそんなでいいの?」
「だって、真さん!真さん真さん真さん!」
「あー奈々子ちゃん、落ち着きなさいって」
「コーヒーにしますか?紅茶にしますか?ジュースがいいですか?」
「いきなり!?あ、じゃあアイスモカで」
「私いらないですか、そうですか」
「えぇ!なにその隠し選択肢!」
「私の仕事上がり、覚悟しときやがれです」
「は、はい…」

飛んで火に入ってきたの捕まえた!



*中村悠一*

「いらっしゃいま…」

最、悪だ…。というか、なんだその微笑、というより冷笑。もうこれ私、死亡フラグたったよね?

「せ、までちゃんと言えよな、店員」

「いらっしゃいませー」

遠い目にもなりますよ。

「なんで悠一さんがいるわけ?」
「暗い夜道を彼女一人歩かせる訳にはいかないだろ?」

そんなこと今まで一回もないくせに!

「一回ぐらい奈々子の働いてるとこ見とくのも悪くない」
「そっちが本音か!」
「なにを人聞き悪い。前者が本音に決まってるだろ」

嘘だ。その嫌に爛々と輝く目が嘘だと言ってる。

「エスプレッソでよろしいでしょうか?」
「アイスショコラで」

どんだけ甘いもん好きなんだよ、と心中で悪態をついてみる。

「なんか言いたそうだな」

罠と分かってて、下手に喋ったりなんて、するもんか!



*羽多野渉*

「いらっしゃいま…」

ぎこちなく片手を挙げて挨拶。相手も同じ。

「あの、とりあえずカプチーノください」
「あ、うん。あ、奢る、よ」
「え?あ、でも、悪い、し」
「気っ、気に、しないで」

端から見れば絶対訝しがられる会話になった。

「ど、どうしたの渉くん」
「えーと、今日オフで、そうだって思いたって」
「来ちゃった?」
「来ちゃった」

嬉しいんだけど、恥ずかしくて、なんだか落ち着かない。

「何時までなの?」
「あ、と…1時間くらい」
「奈々子ちゃん待ってて、いい?」

じゃあ頑張る、と返したら、頭を撫でられた。



*鈴木達央*

「いらっしゃいま…」

聞いて、ないっ!

「ななっな…なんで達央がいるの?!」
「偶然?」
「嘘だ」
「奈々子、シフト表昨日広げっぱだっただろ」
「見た?!」
「あれは俺に見せてたんじゃないのか?」
「手帳に書き写してたの!」
「へぇ。俺に見せてるとばかり」

開いた口が塞がらない?むしろ達央相手には暖簾に腕押し?糠に釘?

「へーそれが制服なぁ」
「ジロジロ見ないでいただけますか、お客様」
「ストッキングも悪くないかもな」
「なにを想像してるか、不埒者!」

店で大声出すな、破廉恥な!と返された。あーもう!見た目はいいのにっ、バカっ!!








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